「1845」 『隠された十字架 江戸の数学者たち』(六城雅敦著、副島隆彦監修、秀和システム、2019年)の書評をします 2019年9月5日
 SNSI・副島隆彦の学問道場研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)です。今日は2019年9月5日です。

 今回は、六城雅敦(ろくじょうつねあつ)研究員のデビュー作『隠された十字架 江戸の数学者たち』の書評を掲載します。興味を持った方は是非本書『隠された十字架 江戸の数学者たち』を手に取って読んで下さい。


隠された十字架 江戸の数学者たち 関孝和はキリシタン宣教師に育てられた

 『隠された十字架 江戸の数学者たち』は江戸時代に発展を遂げた日本独自の数学「和算」と政治を軸にして、江戸時代の裏面史を明らかにする内容になっています。和算については、関孝和(せきたかかず、1642-1708年、)という人物がいて、素晴らしい発展を遂げた、ということは日本史の授業で習った。しかし、詳しい内容にまで踏み込まない。


「算聖」関孝和

 本書の著者六城雅敦研究員は、「日本独自に発展したと考えられている和算は、元々は西洋伝来のものであり、西洋の最新の数学知識をもたらしたのは、イエズス会の宣教師たちであり、宣教師たちを大事にして、数学知識の吸収に努めたのが江戸幕府だ。こうして日本に根付いた数学によって明治維新以降の近代化に成功したのだ」ということを明らかにした。私たちが名前だけは知っている関孝和はジュゼッペ・キアラ(Giuseppe Chiara、1602―1685年、)に数学を習っていることが明らかにされた(『隠された十字架』、44-46ページ、113―114ページ)。


ジュゼッペ・キアラ

 本書『隠された十字架』の最大の業績は、和算の基礎を築いたのは、キリシタン弾圧係(宗門改役、しゅうもんあらためやく )と大目付(おおめつけ。大名の動向の監視役、幕府諜報の最高責任者)であった井上政重(いのうえまさしげ、1585―1662年)だということを明らかにしたことだ。第2章(『隠された十字架』、83-119ページ)に詳しく書かれていて、驚きの連続だ。

 東京文京区の後楽園(こうらくえん)から、上に上(あが)っていったところにある小日向(こひなた)にあった「切支丹屋敷」は、井上政重の下屋敷で、ここに日本潜入を試みたイエズス会の宣教師たちが収容されていた。ここでは厳しい取り調べや拷問が行われたと考えられているが、そうではなくて、宣教師たちは大事にされ、ここで当時、最も優秀な日本人の人材を教えていた。


切支丹屋敷跡の地図

 井上は、天才的な頭脳でキリスト教を理解し(キリスト教徒だったという説もある)、西洋科学を理解していた人物だったそうだ。井上政重は、遠藤周作の小説『沈黙』(1966年刊)、そしてこの小説が原作となった映画「沈黙~サイレンス~」(2016年)に、頭脳明晰で冷酷非道な弾圧者、井上筑後守(ちくごのかみ)として出てくる。


井上筑後守役を演じるイッセー尾形
 井上の拷問によって、日本に潜入してきた宣教師たち、クリストヴァン・フェレイラ(Cristóvão Ferreira、1580-1650年)とジュゼッペ・キアラが棄教した、そしてフェレイラは沢野忠庵(さわのちゅうあん)、キアラは岡本三右衛門(おかもとさんざえもん)と名乗り、キリシタン摘発に協力しながら余生を全うした。


クリストヴァン・フェレイラ
 しかし、拷問だけで、イエズス会の宣教師が棄教(コンヴァージョン、リカンテイション)をするのか疑問です。強固な信仰心を持つイエズス会の宣教師ならば死を選ぶ(殉教する)。殉教したと分かれば、ローマ法皇によって、後に聖人(セイント)に列せられるという大変な名誉を受けられます。また、キリスト教を力で禁圧するためならば、宣教師を時間と手間がかかる拷問にかけるより、捕まえたらすぐに首を刎ねて殺害する方が簡単だ。

 この矛盾について、『隠された十字架』では、西洋の近代科学を理解していた井上政重のフェレイラとキアラへの説得があったからだとしている。以下に引用する。

(引用はじめ)

 まさしく、ガリレオが宗教裁判にかけられた年(1633年)は、フェレイラが日本で棄教した年でもある。その理由はフェレイラの意志が弱いのではなく、近代学問の心理に向かって前進するという、フェレイラの固い決意なのだ。

 ガリレオの暗闘を知っていたフェレイラも、自分で天文を観測することで、カトリック教会とイエズス会の虚偽、偽善、欺瞞にうすうす気づいていた。だが同僚のイエズス会士たちの間ではそのようなことはおくびにも出せなかった。

 井上政重はすでに漢訳されたユークリッドの『幾何原本(きかげんぽん)』を読み、オランダ商人(プロテスタント)から地動説(=太陽中心説)を習い、理解していた。そして井上政重もフェレイラと同じくイエズス会の教義には懐疑を抱いていたのだ。

 井上はオランダ商人から教わった科学知識でフェレイラの“洗脳”を解いた。フェレイラの優秀な頭脳は、井上と会うことで割れるように苦しかっただろう。

(『隠された十字架』、104ページ)

(引用終わり)

 真理や知識を大事にするという態度が、近代科学、近代学問(サイエンス、シャーンス)の基盤だ。日本という極東の島国で、井上政重とフェレイラが、宗教(レリジョン)と、科学(学問、サイエンス)の分離を進めたということは特筆すべきことだった。井上はフェレイラを棄教させた10年後?に、続いてやって来た、その弟子のジュゼッペ・キアラを棄教させ、切支丹屋敷で保護しながら、ヨーロッパ最先端の知識を優秀な日本人たちに教えさせた。

 徳川幕府は、数学を特に重要視し、最先端の西洋数学を受容するために日本に潜入してきたところを捕らえた宣教師たちを大事にした。その理由は、「正確な暦(こよみ)を作る」ことであり、そのために正確な天体観測(天文)を行うただった。

 昔、高校の日本史の時間に、私たちは「冊封(さくほう、さっぽう)体制」という言葉をならった。冊封体制とは、中国皇帝を中心としたアジアの政治支配体制のことで、中国の周辺の属国群(日本を含む)は、中華帝国への朝貢と中国の作った暦を使うことが義務付けられていた、ということを習った。「暦(カレンダー)」は、それほど重要なものなのかと不思議に思ったものだ。

 正確な暦は農業生産にとって重要であり、この日に月蝕や日蝕が起きる、ということが予測できる正確な暦を発行することは、支配者の支配の正統性の基盤になっていた。

 徳川幕府は1683年に「貞享暦(じょうきょうれき)」を完成させた。それを1685年から、朝廷が公布して、全国で使われた。この貞享暦を完成させたのは、数学者の渋川春海(しぶかわしゅんかい、1639-1715年)だ。しかし、真実は、それよりも先に、関孝和とジュゼッペ・キアラが、大きな役割を果たした。だが、キリシタンが暦作成に関わっていることを朝廷に知られるとまずい、と考えた幕府が、渋川春海の名前だけを出した、というのが真実だそうだ(『隠された十字架』、58-60ページ)。


渋川春海
 前述した、棄教したイエズス会宣教師フェレイラ(沢野忠庵、さわのちゅうあん )が、ローマで師事したのがクリストファー・クラヴィウス(Christopher Clavius、1538-1612年)というイエズス会に所属した大(だい)数学者だ。クラヴィスは、コレジオ・ロマーノ(現グレゴリアン大学)というローマに設置された学校で数学と天文学を教え、ここで学んだ学生たちがイエズス会宣教師となった。フェレイラもこの学校の出身者だ。


クリストファー・クラヴィウス

グレゴリウス13世
 クラヴィスの偉大なる業績は、ローマ教皇グレゴリウス13世(Gregorius XIII、1502-1585年)の命を受けて、グレゴリオ暦を作成したことだ。それまで、古代ローマ時代から使われていたのはユリウス暦だ。このユリウスとは、カエサル、シーザーのことで、紀元前40年ぐらいに、ローマ皇帝の原型(アーキタイプ)を作った人だ。このユリウス(シーザー)暦を、1600年ぶりに、改良したものが、グレゴリオ暦で、1582年から、現在まで、このグレゴリオ暦が、世界中で使われている。私たち日本人も、毎日使っている。

 それほどの大人物の教え子で、大秀才のフェレイラが、極東の日本までやってきて、最先端の科学を伝授した、ということは、日本が世界から隔絶してはいなかった、世界の流れに沿っていた、ということを示している。

 クラヴィウスは、1612年に、弟子のガリレオ・ガリレイを、フィレンツエのそばの外港(がいこう)都市である、ピサ(ピサの斜塔で有名)の大学の教授に、推薦して、ガリレオの生活を助けている。
1609年から、ガリレオは、激しい、真理のための闘いを始めていた。コペルニクスが、80年前に唱えていた、太陽中心説(ヘリオ・セントリック・セオリー、地動説)を、徹底的に支持して、公然と主張
した。当時、大変な評判となり、ローマ教会は、激しく動揺する。自分たちの 天動説 が、虚偽である、とバレ始めたからだ。

このように、あのガリレオと、日本にやって来た、フィレエイラ、キアラは、同時代人なのだ。日本は、世界と繋(つなが)っているのだ。

 現在日本国内では、過剰なほど「日本すごい論」、「外国から羨望される日本論」が蔓延している。テレビ番組で、外国人訪問者に日本は凄いと言わせたり、雑誌でもそのような企画がたくさん掲載される。「和算=日本独自で発展した数学」に、この「日本人は凄い」という考えが含まれる。

 しかし、日本史に残る和算の大家(たいか)である関孝和をはじめ、和算(わさん)の秀才の数学者たちは、西洋最先端の数学を、日本潜入を試みて捕まったキリスト教宣教師たちから学んだ、ということになると、「和算=日本独自の数学=日本人凄い」論は、成り立たなくなる。日本もまた、世界の大きな流れの中に存在しているのであり、世界から孤立していたのではなく、数学という世界共通の考え方を理解することが出来た大秀才たちがいた、ということに過ぎないことになる。

 西洋の数学(マセマティックス)の重要性を認識し、その受容に苦闘した徳川幕府の功績は、特筆すべきだ。日本に数学を根付かせた(武士の必修科目として計算[ソロバン]が入り、農民や職人でも計算を楽しんだ)ことで、明治維新以降に、日本人が西洋科学を学ぶ際に役立った。このように考えると、井上政重を始め(嚆矢、こうし)として、徳川幕府の西洋科学、数学の受容の苦闘について、私たちは知る必要がある。

 本書は、『隠された十字架 江戸の数学者たち』という本のタイトル通り、まさに「和算」の裏にある「隠された十字架」を明らかにしている一冊です。


隠された十字架 江戸の数学者たち 関孝和はキリシタン宣教師に育てられた

(終わり)

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