「1833」 映画「バイス」を通して、1970年代から最近までのアメリカ政治について語る(第3回・全3回) 2019年6月23日
 副島隆彦です。今日は2019年6月23日です。

 映画「バイス」の第3回目です。

 それ対してこの息子のブッシュは、アホですから。私はこの息子ブッシュのことをはっきり何箇所かに書いたんだけど、このアホ息子ブッシュがアメリカの大企業の3代目、4代目の息子達相手にみんな「俺たちは馬鹿だぞ、アホだぞ」、「アホなんだけど、何とか、この難しい立場を維持しなければならないのだ」と言うんです。

 「これは大変なことだ」というふうに語りかけたそうです。誠実に。だから大企業経営者のアホ息子たち、もういい歳になっているんだけれど、みんなから愛されたのがジョージ・ブッシュです。こいつも麻薬で狂っていたような男だけれど。


ジョージ・W・ブッシュとローラ・ブッシュ

 日本で言えば創価学会の池田大作みたいな人物である、テレバンジェリスト(televangelist)というんだけれど、テレビ伝道師、という言葉になっている、宗教右翼(レリジャス・ライト)の大物の、ビリー・グラハム(Billy Graham、1918-2018年、99歳で死亡)という伝道師がいるんです。そいつに教えを請うていた。それで酒や麻薬をやめました。奥さんのローラ(Laura Bush、1946年―、72歳)がしっかり者ですね。小学校の司書をしていた。


若き日のブッシュとビリー・グラハム

 ジョージ・ブッシュは、ナニー(nanny)というんだけど御養育係兼愛人がいて。それが コンドリーザ・ライス(Condoleezza Rice、1954年―、64歳)です。朝、記者会見の前にチュッてキスしているような連中ですからね。私はそのことを何度も書いています。日本国内でも政治評論、アメリカ政治をやっている奴は、私の政治分析が一番、ずば抜けて鋭いと、知っているはずです。


コンドリーザ・ライスとブッシュ

 ライスは愛人兼御養育係ですから。ブッシュはコンディのことが大好きなのね。そうしたら、ローラという奥さんからしてみたら、カッと怒るわけです。ローラが一時期、ホワイトハウスにいなくて、となりのブレア・ハウスという迎賓館に住んでいた時期があります。ローラが最後まで面倒を見たんですね。

 お母さんのバーバラ・ブッシュ(Barbara Bush、1925―2018年、92歳で死亡)も偉かった。この人も立派な婆さんで。息子がアホだと分かっていました。それよりも弟のジェブ・ブッシュ(Jeb Bush、1953年―、66歳)のほうが、頭もいいし、人格もいいんです。でも「あんまり俺は、悪いことをしたくない」って言ったらしい。だから「ロックフェラーの言うことも聞きたくない」と、言ったんですね、きっと。


親父ブッシュ夫妻と息子ブッシュ夫妻

 それでジェブはフロリダ州知事のまま終わった。さらにその息子ジョージ・P・ブッシュ(George P. Bush、1976年―、43歳)が今はまた出てきます。ジェブの奥さんがヒスパニックですから、ジェブも息子のジョージもスペイン語ができる。こいつがまたブッシュ王朝として出てくる、ということになっています。


ジェブ・ブッシュ(左)と息子ジョージ・P・ブッシュ

 この映画で主演を演じた、クリスチャン・ベール(Christian Bale、1974年―、45歳)が、中々、役者として上手い。アダム・マッケイにも見込まれている。20 kg 太って、5時間かけて毎回毎回、メイクをしたといいます。ハゲ頭まできちんと、デブっとした姿にまで描いて、非常に上手いんです。綺麗なメイク技術で、ほとんど実物に近い感じで。


通常のクリスチャン・ベールとチェイニーを演じるベール

 チェイニーはデブで、お肉ばかり食べているから、5回、心臓発作を起こしています。それでおそらく何回もバイパス手術をしている。監督のマッケイは映画の中で、心臓移植までして、心臓を取り替えたのだという、シーンを撮っています。これは嘘なんですけどね。心臓手術の様子をずっと俯瞰で、血だらけの心臓をわざと画面にドーンと大きく映して。心臓の大きく穴が空いているところにボコッと入れてみたりするシーンまでわざと撮っている。実際は心臓移植なんてしてないですよ。でもまあ心臓が悪くてぶっ倒れる。

 事実としては30代からもう心臓が悪かったんだろうと思います。ラムズフェルドも大統領補佐官になる前に下院議員をやっていますが、チェイニーも下院議員になるんです。そのときに、演説が下手くそなんです。ワイオミングで、田舎の農場主みたいな連中の前で演説するんですが、下手なんです。ちょうどその時に心臓病になっちゃって、発作で倒れるんですね。

 「こうなったらしょうがない」というので、リン・チェイニーが出てきて。リンが泥臭い演説をやったらしい。何がそんなに感動的だったかは知らんけど、田舎のおじさんたちにリンの演説がえらくウけたんです。女っぽい感じでもない。リンのほうが、その頃から格が上がっている。


レーガン大統領に会う下院議員時代のチェイニー

 チェイニーは1979年から1989年まで6期連続で下院議員をやりました。そして、1989年から1992年まで親父ブッシュの国防長官です。1992年に親父ブッシュがビル・クリントンに負けてしまった。クリントン大統領時代は民間に戻ります。アメリカエンタープライズ研究所や外交評議会にいて、1995年から2000年までは大企業、つまりハリバートン社会長になります。2001年からは、アホ・ブッシュの、息子ブッシュの政権で「お前、副大統領をやってくれよな」となった。


国防長官のチェイニーと統合参謀本部議長コリン・パウエル

 この辺りのことがよく描かれていて、よくわかりました。本当の泥臭いシーンというのは何もない。コンドリーザ・ライスもそっくりの女優を使っていた。うまい上手な感じでやっていた。

 朝、コンディが記者会見の前に「またディックにいじめられたの?」って言って、一所懸命いいこいいこするシーンがあるんですよ。私が『権力人物図鑑』で私が勝手に作ったんだけど。映画の中で「ジョージ、いいのよいいのよ」なんて言って。「また怒鳴られたの?」とか言うシーンがあって。もう漫才を通り越すんだけど、真実はそうだったと思う。ディック・チェイニーがアホ・ブッシュを怒鳴り散らかして。「今日はこれとこれをやれ」とか言って。いやいやながら仕事をしていたと思う。

 ディック・チェイニーがイラク戦争を始める、2003年3月19日の声明文を読み上げる時に、周りにずっとチェイニーが睨みつけたりして、いるんだけれど。そこでジョージ・ブッシュが演説をして。今から戦争を始める、と。戦争を始める演説の下で、手足がガタガタガタガタ震えている感じを、ずっと映していた。それが上手だった。


戦争を宣言するブッシュ

 ディック・チェイニーはいつもリン・チェイニーと仲良くベッドで寝ているんだけど。あたりでぼそぼそと話すシーンが何回も出てきて。いい夫婦だなと思うけれど。女が優秀だと旦那をこうやって操るという夫婦の典型です。事実そうだったと思う。彼は根っこが拓大右翼ですから、悪人になりきれないところがある。ただ悪人確企業経営者をやるわけです。

 このプロダクト・ノーツというんだけれど映画のパンフレットの中にちゃんと書いてある。“I can feel your incriminations and your judgment, and I am fine with that. You want to be loved? Go be a movie star. ”というような言葉があります。これはインタビュアーが、インタビューをしているわけです。これも2006年、2007年だと思うけど、いやもう副大統領辞めた後かもしれない。

 この言葉の意味は、「私はあなたが」とインタビュアーのテレビ局のやつに、「私に対して、批判したり、判断したりするのは、分かる(I can feel your incriminations and your judgment)」と。「理解できる」と。「そして」は、ここで but とは言わない。「そして私は、それでも元気いっぱいだ(and I am fine)」と言った。「気分は悪くない」と。「あなたがそう私をいくら批判しても」「もしあなたが人々から愛されたいのだったら、映画俳優になれよ(Go be a movie star.)」と。「俺は悪役を演じて、悪人のまま、周りからどんなに悪口言われても構わない」という日本語になります。居直って、一切、反省をしない、と言い切っています。

 こういう言葉が、チェイニーにとって大事な言葉です。ラムズフェルドのほうがもっと悪(ワル)なんだけれど。彼はすーっと後ろに引いているわけです。

 この映画を作る途中で、まだこの二人とも生きていますから、俳優も会いに行くという申し出をしたんだけれど、受け付けられなかったようです。ただアダム・マッケイだけは、チェイニーに家まで会いに行ったそうです。

 そうしたらチェイニーは一所懸命メモを取りだしたんだそうです。メモをとって、自分をどう防御するか、という観点で。事実は彼は真面目で、着実な男なんです。どうやって自分を守るか、とか相手に反撃するか、ということを考えている男で。チェイニーというのは、きっと根が真面目なんです。ラムズフェルドは、絶対に会わないと言って拒否した。俳優たちも会いたがった、というのですけれども。

 この映画の良さ悪さというものはあるし、あまり日本人には理解できない。この映画は日本では全然ヒットしない。

 チェイニーには娘が二人いるんだけれど、 次女メアリー・チェイニー(Mary Cheney、1969年―、50歳)というこの少女は、大学に入った頃に、「I am gay」と言って、「私は同性愛者のレズビアンだ」と告白します。同じ学校の女子大、大学とはいっても単科大学の、要するに18歳から行くところです。そこの女性の愛人がいた。それがみんなに知れ渡ってしまう。そのことでチェイニー夫妻は右翼の連中から批判された。宗教右翼の連中はゲイや同性愛者が大嫌いですから。そのこともずっと、引きずって言われていました。


メアリー・チェイニーと父ディック・チェイニー

 長女のリズ・チェイニー(Liz Cheney、1966年―、53歳)というのは、親父のディックが辞めてしまった後、ワイオミング州で下院議員選挙か何かに出た。それで確か落っこちた。


リズ・チェイニーと父ディック・チェイニー

 そういう経緯もあって、これはよく描かれた映画なんだけれど、アメリカ人には分かるけど、私は理解できますけども、普通の日本人には、この映画見ただけでは、本当の意味は何も分からないと思う。

 町山智浩が何かまた偉そうなことを書いていますけど、どうせ大して分かってないんだよ。彼らはアメリカ政治分析や政治評論というものは、今でも私が一番分かっている。チェイニーとラムズフェルドという、この二人の果たした役割も、よく見えます。

 おそらくチェイニーとラムズフェルドたちは、同じ強硬派でダビデ大王の家来なのに、それに比べればキッシンジャーとブレジンスキーは「あんまりひどいことするな派」なんだと思う。キッシンジャーやブレジンスキーのほうが大人なんです。世界政治を動かした、という意味においては、ね。ラムズフェルドとチェイニーと言う、この二人のほうが、やっぱり小物なんです。それがアメリカ政治の、この30年間です。私にしてみれば、非常に感慨深いので、勉強になりました。

 2008年9月15日に、リーマン・ショックという金融大事件が起きました。この時まで、チェイニーとラムズフェルドはいるんです。それぞれ副大統領と国防長官を、まだしている。しかしもう、影も形も見えないような感じなんです。

 私も金融の大騒動が数年前から起きたものだから、もうアメリカの外交軍事・防衛問題に関心がなかったんです。何が起きていたかが、ようやく私の脳の中で繋がった。

 息子ブッシュの政権の二期目が2005年から始まる。評判が悪いわけです。戦争経済で無理やり景気を良くしてある。2006年に確か、小泉純一郎が会いに行っている。イラクのバグダッド爆撃のその途端に、ドーっと、株価を日本もアメリカも釣り上げて。景気が良くなったと騒ぎました。


ホワイトハウス訪問中の小泉純一郎

 小泉純一郎もテキサス州のヒューストンの郊外の、牧場ランチというんだけど、ブッシュ家の大別荘に呼ばれて行きました。その後にエルビス・プレスリーの真似をして。電気ギターをかき鳴らす真似をした。高校時代にそういうことをやっていた不良ですから。彼はあまりにもバカなことをやるから、周りのブッシュ・ファミリーも呆れ返っていた。


笑われている小泉純一郎

 でも実際それで一緒に景気を良くしよう、ということで戦争経済にのめり込んだわけですから。ブッシュは小泉を一所懸命応援した。あとは、イギリスの、労働党政権の首相のくせに、悪い奴がいました。トニー・ブレアという首相。あれも日本に来たときに箱根のプリンス・ホテルの立派な龍宮館で、イギリスから来た記者たちにわいわい言われて。「大量破壊兵器が見つかりませんでしたね」って言われて。

 「なんでアメリカの肩を持って、くっついて、イラク戦争に参加したんだ」って。わいわい言われて、ゲロ吐いて。小泉がゲロを受け止めたんだ。おやじのプッシュのときにも、やっぱり東京でゲロ吐いて、宮沢喜一首相が受け止めた。


トニー・ブレアと小泉純一郎

 そういうバカみたいな話だけれど、責任者というのはそんなに厳しいもんかね、とも思う。嘘つきですからね。大きな嘘つきだから。ワイワイ言われて、答えてしまう。

2005年には、既にもうラムズフェルドとチェイニーたちは、非常に評判が悪くなっていました。ブーイングの嵐なんです。それはなぜかと言うと、先ほど言った通り、米兵がどんどん死ぬからです。イラクの道路の脇にランド・マインというのですが、地雷が仕掛けてあって。たくさん死ぬ。


自爆攻撃の後の様子

 ラビット、うさぎちゃんと呼ばれて、新兵が無理やり地雷原を這って行かされる。兵役検査みたいなのを受けたらそのままいなくなって。恋人とも電話もメールもできない状況で、どうもイラクに連れて行かれたらしいという感じがアメリカ国内にあって。実質、徴兵令だったんです。高卒で勉強ができない子供達は、大体引っ張って行かれた。これも言ってはいけないことになっているけれども。そうなっていたんです。

 2004年の大統領選挙で民主党の候補者だったジョン・ケリー(John Kerry、1943年―、75歳)が「勉強しないとイラク戦争に連れてかれるぞ」みたいなことを言っちゃったんですよ。大統領選挙の時に。これで話がつながって、もうブーイングの嵐です。それでもチェイニーとラムズフェルドは悪役を続けて、アメリカの国家予算を軍事費に投入して、軍需産業を支えて。それが他の産業にも影響して、それで景気が良くなったじゃないか、と居直っているわけです。

 後はハンヴィーという装甲車が、吹っ飛ぶだけじゃなくて、チェック・ポイント、検問所で、街のはずれとか、出入りの道路道路の脇。そこにイラク人の子供とか、女の人が、近寄ってきて、それでバーン!と爆発する。それで何人か米兵が死んじゃうんです。

 そういうことがいっぱい、ものすごい数で起きていたんです実は。あれだけでも、何十人も死んでいる。そこにはバグダッドのはずれの、米軍駐留軍の最高司令官たちがいるような、徹底的に防御されて4、5メーターの高いコンクリートの塀で守られている連中の、メスというんだけどこれは「汚い」という意味なんだけど。

 これは軍人たちの食堂なんです。ご飯食べるところ。しかもそれの将校たちだけが入れる、ご飯食べる、夜にはお酒飲んだりする場所に、イラク人で働いている人が入り込んできて、米兵達がご飯を食べてる最中に、将校たちがドカーン!と爆発する。体に巻きつけた爆弾で。スーサイダル・ボミングというんだけど、自爆攻撃です。これがたくさん起きた。これで米軍も本当に、ほとほとやる気をなくした。

 ネオコンという思想集団がいて、こいつらがイラク戦争の最初から、アメリカ国内で、戦争の雰囲気をどんどん作っていきました。ネオ・コンサバティブズは、自分たちユダヤ系の極左過激上がりのような、新左翼上がりの、高学歴の学者たちです。だから、軍人たちよりも上なんです。軍人たちは、よくて、ウェスト・ポイントとか、アナポリス海軍兵学校を出たような軍人たちですから、学歴で敵わない。ブッシュ政権には、政府高官に第二次ネオコンが入り込んでいる。リチャード・パール(Richard Perle、1941年―、78歳)、暗黒の王子(Prince of Darkness)と呼ばれているやつとか。いっぱいいるんだけど。


リチャード・パール

その中にポール・ウォルフォヴィッツ(Paul Wolfowitz、1943年―、76歳)という男がいて。これが国防副長官になっているんです。あの頃のネオコンの一番の親分がこのポール・ウォルフォヴィッツです。立派なかっこいい体格の男だったんだけど。こいつが確か、2004年にイラク、バグダッドに行く。行って、テレビ局のインタビューを建物の外で受けている最中に、ドーンとすぐ側で、爆弾が破裂した。でも別に破片が飛んでくるぐらいの距離じゃないんだけど。まあ50メーターかそこらのところで。そうしたらビクビクッと震え上がったんです。こいつは。それで弱虫と言われて。それで国防副長官を辞めさせられたんです。そういうこともあった。


ポール・ウォルフォヴィッツ

このポール・ウォルフォヴィッツその後、「雨傘革命」とか呼ばれている、香港とか台湾なんかの反中国学生運動を裏で糸を引いていたんです。それで彼くらいになると実はムーニー(統一協会)に近いんです。反共産主義思想プラス統一協会の思想に近い奴らです。


雨傘革命

大事なことは、このラムズフェルドとチェイニーは、ムーニー(統一教会)じゃないんです。彼らは、デイヴィッド・ロックフェラー皇帝に直属で忠実ですから。

どうもラムズフェルドが最初に、2007年ぐらいに、ダビデ大王に向かって「あなたが死んだ後を狙って、ヒラリーとビル・クリントンが動いてる。蠢いている。どうも怪しい」と報告したんです。お庭番ですから、忠告したのは、ラムズフェルドだと思う。そういう関係だから、ネオコンと本当に仲が悪いんです。かつネオコンがべったりくっついていた統一協会とも、仲が悪い。

アメリカの指導者内部も派閥があって、政治思想の系統が違うんです。この流れが大きく私には分かってきました。ネオコンの話は今日はもうしません。

ちょうど2006年、2007年、2008年。もう2007年でサブライム・ローン崩れが起きました。8月17日だった。そのとき、日本に日銀の大迎賓館があるんです。氷川寮という。そこに財務長官クラスが集まっている時に、は渡辺喜美(わたなべよしみ)という金融担当大臣をしていた男が、「アメリカも危ないですよね。10兆円資金援助しましょうか」とか言ったら、「コラ」と。「何を言うか。このガキは」と言われたんです。ところが次の年のリーマン・ショックで、ドカンと崩れたわけです。

そうこうしているときには、もうラムズフェルドとチェイニーは、影が薄くなっていて、スーッと消えるように辞めて行ったわけです。この感じが、よくわかった。

ラムズフェルドは1977年から、製薬会社の「サール(Searle)」という大きなスイスの製薬会社の会長、CEOをしていた。私もウィーンに行ってわかったけど、ウィーンのドナウ川の南側に、古い有名な世界で初めての公演というものもあるんだけれど、そこにIAEA、国際原子力委員会があるんです。このIAEAとサールの本社は近いんです。ということは毎月のように、サールの本社の会議に行くふりをして、実はこのIAEAで、国際原子力委員会まで操っていて、イランの核兵器の開発を分析したり、くい止めたりする仕事も、このラムズフェルドがやっていた。

と同時にこのサールという製薬会社の子会社が、「ギリアード・サイエンシズ(Gilead Sciences)」という会社で。それが日本語では「新型ウィルス」といったけど、スワイン・ヴァイラスです。豚ウィルスなんです。それは要するにエイズの後の、人工的に作ったばい菌は世界中に撒き散らすんです。鳥インフルエンザというものもあった。O157というのもあるけれど。こういう新型ウィルスを開発している会社です。

それがギリアード・サイエンシズです。日本では中外製薬が、今はもう合併されてしまっている。その親会社なんです。その下にもう一つ、「グラクソ・スミスクライン(GlaxoSmithKline)」という会社は、あまり関係ないかな。もう一つあったな。ギリアード・サイエンシズ以外に。何かと、中外製薬とで、今は合併しています。

チェイニーはそういう悪い男なんです。それでこの流れが、ずっと見えて、アメリカの政治の30年間、というかもう、40年間です。どうかするともう、1963年11月22日にジョン・F・ケネディが殺されて、それ以来のアメリカの60年来の歴史というか。それに私も付き合っているわけです。全体の流れがあちこち切り貼りのかたちで補強されて、パッチワークで、どんどん全体が見えた。非常に私にとっては意味がある映画でした。

(終わり)

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