「1770」 『英文法の謎を解く』再訪 「仮定法の文」 の巨大な謎 。 ×「かもしれない」という卑怯で愚劣な日本語のコトバを、廃語(はいご)にすべきだ論 (第2回・全2回) 2018年8月31日
 副島隆彦です。今日は2018年8月31日です。英語の勉強の2回目です。

  拙著『英文法の謎を解く』(ちくま新書、1995年刊 )の第8章「仮定法はなぜむずかしいか」という章について、更に話をします。


 副島隆彦です。 割り込み加筆します。今日は、9月4日です。 以下の文を、全面的に、私が、修正、加筆しました。 元の文は、私が、語り下(おろ)しで文章化したものであり、不正確な表現が、たくさんありました。それを、私が、直しました。 ですから、一度、以下の文を読んだ人も、再度、読み直してください。そうしたら、きっと、正確に、副島隆彦の主張が分かります。 割り込み、加筆、終わり。 

英文法の謎を解く (ちくま新書)

 追加で、二つの英語の例文だけでまとめ とします。どうも、却(かえ)って、これまで私が、しゃべってきたことがかえって難しくなるでは、という気もします。
もうこれでどうだ、という感じで読者に分かってもらわなきゃいけない。だから英語の例文、たった二つだけでやります。


英文法の謎を解く (ちくま新書)

 まず一つ目の例文。それを、① ② ③ と分けます。①は、「条件節 プラス 帰結節」という。 これを「従属節 プラス 主節」 とも言う。いいですか。

① If you study hard , you can(あるいはwill)pass the examination.

この英文は、 「もしあなたが一生懸命勉強するならば、あなたは試験に受かるでしょう」あるいは「受かることができるでしょう」 ですね。

これは「ただの条件の文」といいます。これを英文法学では直説法(ちょくせつほう。indicative mood インディカティブ  ムードの文) という。直説の、説は「説明」の説です。 英語文法だけでなく、他の ヨーロッパ語の文法学でも、indicative(インディカティヴ)といいます。直説法 の文は、 「ただの条件の文」です。

 「法」という文法理論は、mood ムードというんです。
「法」は、インドが発祥の仏教や、ウパニシャドでは、ダルマ dharma といって 、真理という意味がある。こうういうことは、いいですから。 moodというのは気分とか雰囲気という意味です。これとは、別に、大きく、case grammar、ケイス・グラマー 「格文法」というのがあるのね。これは文型(ぶんけい)の理論です。 あの、S、V、O、C みたいなやつ。単語(ワード)の並び方から、研究する 文法理論です。 この語(単語、word )の並び、 のことを、word order ワード・オーダー、語順(ごじゅん) とか、コンテキストともいうんだけど、まさしく、ひとつの文(センテンス)の中の、単語の並びです。

一番、単純な文である、 I love you .というのは、S、V、Oです。第3文型という。こういうのが格文法といいます。私、副島隆彦は、これを、「主語(S 、subject ) + 動語(どうご、verb  ヴァーブ。 あるいは、動詞部分) + 目的語(O object オブジェクト)」と言います。



以下の「五文型 の 表」 を、安易に、古村治彦君が、載せてくれました。が、1番目の、例文 「彼らは、レストランに行きました(入りました)」 を、私、副島隆彦は、 went to の部分を、合わせて、動語(どうご)として、「動詞部分」(転載貼り付け始め)V)に、することも出来る。

だから、 They went to a restaurant . この文は、S+V+O で、第3文型 の文 と、考えることも出来るのだ。と、 私の本の「文型」=「格の文法」の章で、丁寧に、あれこれ、説明しています。

そうすると、 私は、日本の頑迷な、英文法学者たち(および、ボリンジャー他の、愚鈍な、イギリス人の、えばり腐っている英文法学者たちとも)と、激しく対立し、激突することになりました。それでも、もう、そろそろ、 私、副島隆彦の勝ちでしょう。 私の本を、読んでください。


英語の5文型

 文というのは、「ピリオドまでのwordの集まり(集合。set)である。そして、ひとつの意味を持つ」という定義(デフィニション)があります。もう一つの定義は、ふつうのもので、「主語と動詞(本当は、動語)、その他の部分からなる単語の集まり、を文という」んです。そして、この文と文が二つ、カンマか何かで前後につながるときに、複文(compound sentence コンパウンド・センテンス 複雑文だ )といいます。それに対して I love you . みたいな単純な文は、当たり前だけど単文 (シンプル・センテンス、単純文)といいます。

 そうすると、前回挙げた、If S V , S V . は 複文 です。compound sentenceですね。こういう文法理論があって、これが、「法」の理論ですね。

あともうひとつ、「相」(そう aspect)という大きな理論があって。これは、「ある文が表す、時間の流れと、幅」のことです。時制、時称 に 関わります。 分かり易く言うと、「現在進行形」とか、「完了形」とか、ですね。 「完了形」などというは、日本語文法の、「過去形の文」と どう、違うのか、私たち、日本人は、もう一度、本気で、これらのことを、考え直さなければいけません。

 この1. 「格」と 2. 相 と 3. 法 という三つを 、立体的に組み合わせて、初めてヨーロッパ語(英語もその一種)の 文法体系はできている。私、副島隆彦は、こういうことを、20歳の頃から、分かっていた人間です。 でもこれらは、難しいことだからもうこれ以上言いません。私の本を読んでください。

 もとに戻って、例文の If you study hard , you will pass the exam.
これは直説法で、 ただの条件の文で、これは高校1年生でできなきゃいけない。
これは If SV , SV . といって、現代のコンピューターは、全部これでできているんですよ。 コンピューターの言語 は、アルゴリズムをつくるんだけど、この If A B, C D. みたいになっていて、「 AがBであればCはDである」 という文を、ずーっと、何百万行(ぎょう)も並べていくんです。

そうやって、コンピュータ言語による ソフトウエア(商人)が 作られている。 これがコンピューター言語というものなのね。 『C言語(シー・プライマリー)とか。OS(オウ・エス オペレイション・システム)とかも、コンピュタの神経細胞を作っている、基本の土台も、そうです。それらを、コンピューターに命令(command コマンド)して与えていく。それがコンピュータ・プログラミング です。

 そうすると、 さっきの高校1年生レベルの、ただの条件の文、直説法の文。これは誰でもできる。 例えば「あなたがそれを食べれば、それは200円です」とか「あなたがそれを食べれば、それはおいしいでしょう」とか、「れば」や「たら」の、日本語の条件の文だから何とでも言える訳です。

 二つ目に行きます。二つ目がものすごく難しいの。実は、これで、大学受験の偏差値70にぶっ飛ぶんです。これがみんなできない。前回に引き続き、やります。

② If you studied hard, you would pass the exam .

「イフ・ユー・スタディード・ハード、ユー・ウッド・パス・ザ・イグザム」
この日本語訳 は、「あなたがもっと勉強「する」ならば(ここを、安易に、「したら」とやるな。副島隆彦からの忠告 )、あなたは、試験に受かるんだけどねえ(どうせ、あなたは、勉強しないから、受からないだろうなあ。でも、まだ受かる可能性はあるんだよ)」です。

このwouldは、couldでもmightでもいいです。そうすると、will が wouldに変わりました。canがcouldに変わりました。may が might に。 
これは日本の普通の高校用の英文法では、「仮定法・過去の文」といいます。そしてこれがどれぐらい難しいかということを高校生たちに教えないですっ飛ばすんです。英語教師たち自身が、バカだから、あまり自覚がないのです。 

これは数学の微分(びぶん)された世界に、ぶっ飛んでいくんです。普通の世界に所属しない、妙な世界にこの文章で、飛ぶんです。

 何で、動詞が急に過去形になるの。この英文は、東京六大学ぐらいの偏差値58の人でも、だいたい、分かっている。 だけど、正確には分かっていない。

大半の日本人は、この英文を、「もしあなたが勉強したら、あなたは受かった」とか訳すんですよ。この訳文でも、完全な間違いではないのよ。だけど、ひどい訳だと分かるでしょう。副島隆彦の解説を読んだ人は。 正直に、反省しなさい。

この訳のちがいが、17歳(高校3年生)で、偏差値50と偏差値70の違い、分かれ目となります。これが今も、日本人は、ほぼ全員、理解できてない。私、副島隆彦の本を読んできた、生来、生まれながらに、相当に頭のいい人でも、こういうことが、分かっていない。 

何でここに動詞 study スタディ の過去形 studied スタディード が来るのか。「もしあなたが勉強したら、あなたは受かった」。これはバカな日本語文ですよね。みんな、この程度なのだ。 ほとんどの人は、生まれながらに勘の鋭い、秀才ではないから。

 またあとで、この ②に戻ってきますけど、例文の③に行きます。これは偏差値55あればできる。偏差値60の人たちはサラサラとできる。

③ If you had studied hard , you could have passed the exam.
「イフ・ユー・ハッド・スタディード・ハード、ユー・クッド・ハブ・パスド・ジ・イグザム」
これの日本語訳は、「もし、あなたが、もっと勉強していたならば、試験に受かっていただろうに」 実際は、勉強しなかったので、すべってしまいました。

これは高校の英文法で「仮定法・過去完了の文」と習います。逆に、この③は、簡単なの。形上、非常に難しくなったように見えるけど、これは 偏差値55あればできる。これはみんなも正しく翻訳もできる。「あなたが一生懸命勉強していたならば、あなたは試験に受かることができていただろうに」あるいは「受かっていただろうに」。

 これが反実仮想(はんじつかそう)で、実際は「一生懸命勉強しなかったので受かりませんでした」という、事実がもう出ちゃっているのね。もう事実が出ちゃって、ああ、残念でした、という、それだけのことなんです。ここには、②の文のような、相手への、皮肉とか、嫌み、とか、蔑(さげ)み、苛立(いらだ)ちが、もう、有りません。

 だから裏切られた過去の事実 が既にあって、この人はもう滑っちゃったわけです。で、周りから、残念だね、と言われるだけで、それ以上の非難はありません。試合とか勝負に負けたというだけで、周りがそれ以上言うことじゃないんです。 ③ はわかりやすい。誰でもできると言ったほうがいい。それでも偏差値55です。

 もう一回 ② に戻ります。 ②の If you studied hard , you would pass the exam. を、しつこく、執念深く、再度、正確に訳します。
「もしあなたが一所懸命に勉強するならば、あなたは試験の受かるのにねえ」、「ばかだからね、やらないよね、おまえは 」と目の前で相手(自分の子供とか、知人)に言っている。「おまえはどうせ8割、勉強しない。だから、試験に滑るよ、きっと」です。でも2割ぐらいはまだ可能性は残っているんですよ。「でもどうせおまえはやらないよ、ばかだから」と言って、目の前で相手に向かって、ものすごく嫌味を言って、軽く脅している。「もっと、やったら」と言っている。

 これを、母親が、娘や息子にものすごく圧迫的な強い言い方で言う。しかし現状を、悲しみながら。目の前で言っている。目の前の今の現実で言っている。「もっと勉強するならば」なの。これを「したら」とやるからいけない。「したら」と、するならば」では、大きく違う。このズレ、違いに、微妙に気づく人を、有能な人、生来、頭のいい人、という。

目の前の現実で、「勉強するならば受かるのに」と、「のに」まででも、まだ足りない。 「のにねえ、このバカ 」となるわけ。「ばかだねえ、おまえは」でも、まだ、可能性は残っている。だから、サピッスクとかの受験用の厳しい、塾に、無理矢理、我が子を、通わせる。
だいたい、この母親たち自身が、学校時代に、たいして、勉強していないのだ。それなのに、自分の子供にだけは、「勉強しろ」と言う。自分は、やらなかったくせに。

 だからIf you studied で、何で、ここで、動詞が、過去形になるのか。現在(=今)の時間のところで、話しているのに。ここにところを、英語の教師たちが誰も教えない。その能力が無い。高校の英語教師たちの8割が、おそらく、今も、このことに、自覚がない。形だけで覚えているだけだ。 ほとんどの英語教師は、アホですから。ただのお庶民だ。そのことを、彼らは、今や、自覚がある。だから、私、副島隆彦への、憎しみも、枯れ果てて、
今では、「やっぱり、副島隆彦の言うとおりだったな」と、内心では、反省している。

だが、文部科学省に関わっている、官僚の手先の英語学者どもは、 自分たちが、無能だったので、こういう、世界一、ヒドい 英語勉強、外国語の学習の、最低の、教え方の、国になっていること への、責任を感じていない。誰も、このことで、責任を感じて、自殺する者がいない。 

2011年の3月12日からの、福島第1原発の爆発事故のあと、東電の幹部で、誰か1人、責任を感じて、首をつって、自殺してくれていたら。そうしたら、日本国は、もっと、上に立つ者が、自裁(じさい、自決)する、ことで、国民に対して、示しが付いて、もっと、国民精神が、引き締まった国になっていただろう。 それと同じことだ。

私が、1989年に( ああ、もう、29年前だ)、「欠陥英和辞典の研究」(宝島社)
を、書いて、怒り狂った、研究社 の 社長たち(中が2つの会社に分かれていた)の1人が、その後の、心労がたたって、死んだ。 

研究社の英和辞書を編纂した(誤文の、例文だらけ。自分たちが、盲目的になって、長年「英語青年=老人」で、威張り腐っていたので、イギリスの国民的な辞書である、OALD  や、ロングマンなどから、例文盗用して、それを、勝手に一部、書き換え、ということをやった。 英語国民を、研究社の編集部に入れて、しっかり、使っていなたからだ 。たった、それだけのことだった ) 他の、東京外国語大学の名誉教授たちは、裁判をした、というだけのことで、不名誉だ、と、勲二等の 勲章を貰い損なった。

 ここに、studiedと、studyの過去形が来ることに、ものすごく大きな意味がある。これは一回(あるいは、一階)微分して、加速がついたんですよ。びゅん、と加速(アクセラレイション)がついて、目の前から消えるんですよ。 だから、「勉強するならば」なの。「していたら」じゃないのよ。 「するならば」受かるのにねえ、でも、どうせ、やらないでしょ。ここの ② のところに、本気にならないと、英語という、コトバ で一番難しいところが、分かったことにならない。。

 東大に受かる連中は、高校2年生のときに、だいたい、ここの壁を越えるようだ。 実はこの仮定法・過去と言われているやつが、センター試験なんかの最高級問題なのだ。 

ほんとは、この「仮定法・過去」という言葉自体が、文法学上の大間違いで、本当は「叙想法」や、 接続法(サブジャンクティヴ)と訳すべきだった。

せめて、ヨーロッパ語の主要客語の、文法の conditional  コンディショナル を、
×仮定法 ではなくて、 「条件法の文」と訳しておきべきだった。 明治時代の、アホの英語学者たち と文部省 が、こういう ×「仮定の表現、だから、仮定法だ」と、大間違いをやったので、それで、今の、日本国民 に被害が出ている。 彼らは、、もう、このととに、気づいている。私、副島隆彦からの指摘を 22年前に公然と受けて、ゾッとなって、  肝が冷えたままだ。だが、今さら、どうすることも出来ない、という感じだ。

この者たちに、責任を取らせなければいけない。 お前たちのお陰(かげ)、所為(せい)で、こんなに、ヒドい英語教育の国になったのだぞ、と。

駿台の伊藤和夫たちは、昔から叙想法と訳していた。これをsubjunctive mmd 「サブジャンクティヴ・ムード」の文という。これを、「接続法」(せつぞくほう)と、ヨーロッパの主要語の、古式ゆかしい、文法理論では言ってきた。これに戻せばいいのだ。 ドイツ語文法では、接続法第1式、第2式、第3式、と分ける。 これが、完全に正しい、と、私、副島隆彦は言っていない。それぞれの国で、国語学者(文法学者)が、自分の国のコトバ(言語、ランゲッジ)だと、思って、勝手に決めつけている。 外国語として学ぶ、外国人から、してみたら、本当に迷惑な話だ。

都立高校でも私立高校でも、この subjunctive moodを教えられるのは相当優秀な英語の教師たちだけだろう。それも、今でも、2割だろう。 だから、これが、数学で言えば微分積分(解析学、かいせきがく analysis  アナリシス )ということになる。

 本当に英語、英文が分かっていて、出来る限り、なめらかで、自然な日本語訳への翻訳、通訳が出来る人は、これができている。分かっていないやつが、いろいろ教えても実は秀才ではない。ここのところが、ものすごく大事だ。 Indicative moo d とsubjunctive moodね。indicativeというのはindica、インディカ米というお米がありますよね。インド米という 長粒米(ちょうりゅうまい)だ。日本人が食べているのはジャポニカ米だ。 こういうことはどうでもいいか。

これは現実の世界にありますという意味です。だから「2+3=5」は、決まっている。「3に2を足すならば、5です」と決まっている。これを、「でしょうねえ」、「5かもしれないねえ」とやったら、おかしい。 事実の文は、断定、決めつけが大事だ。

 だから、前回、書きましたが、「2に3を足したら5なのになあ」とか、訳しては、いけないということを私は何度も言います。 事実、ファクツ(facts)にかかわるんです。事実にかかわる、という言葉の意味が、日本人は、相当に頭のいい人たちでもよく理解できていない。 fact、事実 とは何かということが分かっていない。


                    『英文法の謎を解く』40-41ページ

 だから、例えば、今、雨が外に降り出した のに、 It’s fine today . と 、Aさんが、Bさんの目の前で言ったら、Bさんは、 「いや、そうじゃない。 雨が降っているよ。君は、間違っている」 “ No, no, no, it’s raining .  You  are  wrong . 「ユー・アー・(ウ)ロング 」とBさんは、Aさんに言う 。 この、You are wrong . の Youは,
「あなた、君」という人間のことではない。 この  You  は、 =What you said
「ワッツ・ユー・セッド」で、「あなたが今言ったこと」 という意味だ。「あなたが、今言ったことは、間違っている」と、客観的に、冷静に判断している。 あなたの今の意見表明は、事実 (fact ファクト)に反しているから、間違い wrong だ、と。 これが、事実の判定、ということだ。 

これが、 You are right .  「ユー・アー・ライト 」 これは、「あなたが、今、言ったことは正しい」 事実に合致している」と、言っている。 だから、この英文を、ただ、「あなたは、正しい」と、訳す程度の人は、その程度の、英文理解力しか無い人だ。
私、副島隆彦は、こういうことを、丁寧に、徹底的に、自分の本に、書いて説明し来た人間だ。私の、この30年間の、言論人としての、苦労を少しは、分かってください。 

You are wrong . 「ユー・アー・ウロング」、 「事実に照らして、アナタの意見表明は、間違っている」だ。 この wrongというコトバは、rightに対する言葉だ。

これは、goodとbadという、判断とは、違う。

 right / wrong の、 事実に関して、正しい、間違っている、という言い方と、
You are good .と、You are bad . の good / badは違う。 こっちは、事実に対する判断ではない。 こっちは、倫理的、道徳的な、意味での、道徳、倫理的によい、悪いという意味での判断だ。「おまえは、いいやつだ」「わるいやつだ」で、通用する。

それから、good/ bad には、重要な、別の使い方があって、「質、性能がいい、わるい。生産性が ある、無い」の、 判断をする。 He  is bad. 「ヒー・イズ・バッド」は、あの歌手や、スポーツ選手は、プロ(ウ) の人間として、としての能力がない、技量が劣る、優れている、の判断をしている。 倫理、道徳的に、いい悪い、と言っているのではない。だから This milk is bad . 「ディス・ミウク(正しくは、ミウクだ)は、腐っている」である。 それに対して、This milk is good. は、「このミルクは、おいしい。品質がいい」という意味だ。 こういうことも、私は、ずっと、書いてきた。私の本を、今から、読み直してください。


                  『英文法の謎を解く』38-39ページ

 だから、しつこく繰り返すが、② の例文は、普通は「仮定法・過去の文」というけど、本当は、これは、 subjunctiveという空想の世界にさまよっていくんです。
「今、あなたが勉強するならば受かるのにねえ」というのは、事実の世界に存在しないんです。わかりやすく言えば、嫌味、皮肉。事実とずれているんです。

 人間というのはそういうことを朝から晩まで言っている。「もっと勉強したらあ」の「たらあ」なんです。「さっさとやれよ」とか、「何でしないの」という、それが、この subjunctive moodなの。 ここの嫌味、皮肉、警告、軽い脅し。ここが人間世界において、ものすごく多用されていて、重要なのだ。 

これを、自分に向かって使うときは、自己慚愧(ざんき)、自己卑下(ひげ)というか、悲しみの文 になるんです。

If I studied hard, I could pass the exam.「私がもっと勉強するなら、私は受かるんだけどねえ」。この「ねえ」のところに、実際には、8割9割、勉強しません。やろうと思っても、出来ません。人間は、こういう悲しい、生き物なのだ。自分に向かって使うときは悲しみになってしまう。もうこれ以上言いいませんよ。

 次の二つ目の例文に行きます。
I wish that S Vと来る。
だけど、これは誰でも一応できていることになっていて。
I wish you a Merry Christmas. 「アイ・ウイッシュ・ユー・ア・メリー・クリスマス」という言い方があって、これは、 I wish that ・・・ のthat 以下、 that節(せつ。that clause  ザット・クロウズ)というんだけど、複文、複雑文 です。 Thatからあとの節という、別の部分文(ぶぶんぶん)が、来るんです。

典型的には、I think that S V ・・・ 「アイ・スインク・ザット・エス・ヴイ・・・」
と一緒で、前と後ろで、複文を作る。
 この文は、「あなたがよい(楽しい)クリスマスの日を過ごしますように」という祈願文(きがんぶん)というか、お祈りの文というか、祝福の文というか、希望、願望の文なんですね。


                『英文法の謎を解く』146-147ページ

 もう一つ。 これは中学校3年生でも知っている。
I hope you will pass the exam . 「アイ・ホウプ(ザット)・ヨー・ウイル・パス・ジ・イズザム」 にしましょう。 「あなたが試験に受かることを私は希望します」だ。
このhopeは、普通に、現実世界にある単語で、「望みます、希望します」と言っている。
だからさっき言った直説法、indicativeの 世界にいる。

ただの希望、願望で、相手に対する何ていうだろう、励ましの文なのね。あなたが受かることを、私は望みます、希望します、と言っている。

 ところが、これをI wishにすると、何か、微分された世界に飛ぶ。 wish 「ウィッシュ」という動詞は、どうも、ヤクザ者というか、初めから、あっちの世界に済んでいる動詞らしい。

だから、 I wish you would (あるいはcould、should、might)pass the exam.「あなたが試験に受かるといいですねえ」と文を作れる。これは相手にそのことを同じように、希望、期待、願望 しているけど、さっきのhopeとはちょっと、違う。

 wishは失礼よりちょっと手前。失礼ぎりぎり。だからI wish you a Merry Christmasというのは、「クリスマス」の、その日がmerryだから。「楽しいクリスマスをあなたが過ごしますように」なんだけど、実はここで、私は、あの渡部昇一(わたなべしょういち)と、喧嘩(けんか)になったんです。

 私が、前掲書の 「英文法の謎を解く」で、 I wish you a Merry Christmas . は、
元の文は、理屈どおりなら、  = I wish you had a Merry Christmasだろう、と私が書いたのね。これはhave a cold 「ハヴ・ア・コールド」で 「病気のhave」言って、「風邪を引く」「風邪に罹(かか)る」 の have だ。 have a diarrhea 「ハヴ・ア・ダイアリア」で「下痢をする」です。 I have a fever. で 「熱がある」で、病気に罹るの have だ。

 Have a nice day. 「ハヴ・ア・ナイスディ」の haveだ 。そうすると、「私はあなたが楽しいクリスマスを過ごしますことをお祈りします」で、 I wish you had a Merry Christmas.で、このhadが消えたんだ、と私が書いた。これが英語の文法理論というものだ。

 そうしたら英語学者で、より正確には、英語文法史(し)学者である、 渡部昇一が、「いや、英語の古語にはそのようなものはない」と、『英文法を撫でる』というPHP新書で書いた。 私の名指し、はしなかったんだけど、自分のほうが英文法学の権威だから、お前(私、副島隆彦の)頭を、優しく撫(な)でてやる、というつもりで、私の本の、中の、この1行を捉えて、ここに集中して、私に攻撃を掛けてきた。

 渡部は、この had はあり得ない、と言って。そうしたら私が、アメリカ人や、イギリス人で、予備校で一所に共同授業(ティーム・ティーチング)をやっていた人たちに聞いたら、あり得るんだって言った。「昔はそうだった、何百年も前は。でもこの had が消えたんでしょう」と、と言った。そのように、続編で、私は反論した。このあと、渡部昇一は、あちこちから、いろいろと言われたのだろう、しどろもどろになった。そして何も言わなくなった。何が英文法学の権威だ、古英語の権威だ、だ。おまえごときが。

 理屈を通せば、この英文の、that 節からあとは、私が、主張したとおり元は、 had に決まっている。 例えば、だから、私たちは中学校の英語で、had better ハッド・ベター「~した方がいいですよ」 を 習った。 なぜ、× have better とは言わず、必ず、 had better と had となるのか、を、皆で、考えてみればいい。 

こういうことを、考える能力のある、中学、高校の公立学校の英語教師 が、今の日本に、何百人いるだろうか。 英語は、例文で覚えて、それを暗記しなさい、としか、教えられない、 低脳の 日本人、英語教師たちが、今も、数十万人 (生きているだけで)もいて、 自分たちの、文学部英語学科共同体、という、今は、日本国民にとっての、犯罪者集団 とまで、呼ばれるべき、愚か極まりない、頑迷な、日本国民の 知能に、害毒を与えている人間たちが、自分たちを取り巻く、今の恐ろしい現実に、脅(おび)えながら生きている。 もうちょっとは、正直になって、 日本国民と向かい合いなさい。

 それでも、 渡部昇一を含めた(彼は、上智退学で、イエズズ会という、人類の最悪の宗教団体に育てられた男)、東大、東京外語大 の 英文科の 教授たちの、日本国民に対する、英語教育場面での、責任問題が有る。 厳然としてある。 それを、私、副島隆彦が、30年前から(1989年の裁判 以来の)、厳しく、追及し続けていている、ということを、彼らは、片時も忘れるべきでない。

 文部科学省の 中等教育、街術教育局の役人たちも、共同正犯(きょうどうせいはん)で、同罪だ。 私、副島隆彦の怒りが、収まったと思うな。30年経(た)ったから、ほとぼりが褪(さ)めて、皆が、「英語辞書裁判」を忘れただろう、と、思うな。 

なぜなら、今現在も、愚劣極まりないままの低劣な現状で、日本の英語公(こう)教育は、続いているのだ。 被害者は、日本国民全員だ。 おのれの責任を自覚する者は、私、副島隆彦の前に、出てきなさい。私が、詳しく、その罪状を吟味、審判します。

さて、元に戻って、前述した動詞 hope に、対応しているのが、

 I hope you will have a Merry Christmas.

 これも、 have nice day と同類なのだから、「あなたが、クリスマスの日を楽しく過すことを希望します」と言っている。雰囲気がちょっとんだ違うでしょ。

 だからwishのほうが、ほんのちょっとだけ、品がいい言葉になるけども。

I wish you a Merry Christmas. は、 S  V  O  O  で、 第4文型の文ということにしている。 I give you a book . と一緒。「私はあなたに本をあげる」の SVOO、O、O と、「人間目的語」、「物(もの)目的語」が来る。それと一緒です。物事(ものこと)目的語、といって、これも、私、副島隆彦が作ったコトバで、私の業績だけど、 Merry Christmasがもう一つの目的語なのね。これが第4文型。でも that SV・・・で複雑文に置きかえると、I wish you had a Merry Christmasなんですよ。

 ここで渡部昇一と、因縁の激突を 私はしたんだけど、相手が逃げたというかね。私から見たら、何が古語英語まで知っている英文法学の権威だよ、バカめ。という感じになったんだけど。出版社がもうやめてくださいとなったから、それ以上書くのをやめた。私が、さらに、名指しで、あれこれ、書いたら、消されちゃった。

 だから、ここのhadになるあたり、I wish you had a Merry Christmas. ここが、何でhadになるか、を自分の頭で、考えなさい。



                    『英文法の謎を解く』202-203ページ


                    『英文法の謎を解く』204-205ページ

 だからもう、今日は、これで終わりにしましょう。 私が、これ以上話すと、もう、皆さんの頭が、大変なことになるから。もうやりません。
ただの条件の文、「1+2=3」 。「1に2を足すなら3になる」を、「なるでしょう」と言ったらだめだよ。 「なる」「だ」「です」と、はっきり言い切ることが大事だ。事実の文なのだから。それに対して「あなたがもっと努力すれば5キロは痩せれるのに。そそうしたら体調がよくなりますよ」 というのはsubjunctive mood 。それが、現実とは、ちょっと、ずれちゃって。 現実の世界にない状態のことを言っている。なぜなら、どうせこの人は痩せる努力をしませんから。痩せません、という意味が裏側にべったり張りついている。これさえわかってくれると、英語というコトバ の勉強の一番難しいところがわかったことになる。


                     
 アメリカ人イギリス人は会話の中で朝から晩までものすごい量でこのwould、could、should、mightを使っている。そのことをみんなが気づいていない。

 だから翻訳家というのは、相当能力のある人たちなんだけど、「かもしれなかっただろう」とか、すごく下手くそな訳をしていいる人がいる。この人は実感のところで英文というものがわかってない、というふうに私に判断されてしまう。 私は、翻訳された文章を、赤ペン入れて訂正していきます。そういう作業を、私はやるんです。つまり、実感のところでわかってないと、正しい英語の翻訳はできない。これで終わります。

副島隆彦 拝 


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