「1511」カナダの政治。カナダの歴代首相を、隣国の大国アメリカとの「帝国-属国」関係において明快に解説します。2015.2.7
副島隆彦です。今日は2015年2月7日です。
前回、「1497」オーストラリアの歴代首相について。 日本人が知らない、オーストラリア政治の基本骨格を副島隆彦が分かり易く解説します。2014.12.17
で、オーストラリアの政治について書きました。好評だったようです。あれでオーストラリアの戦前、戦後の歴代の首相たちの様子を概観(がいかん)することで、アメリカとの関係で、オーストラリアも属国であることが如実(にょじつ)にわかったと思います。

簡単に言えば、オーストラリアの吉田茂(よしだしげる)、オーストラリアの田中角栄(たなかかくえい)、オーストラリアの中曽根康弘(なかそねやすひろ)、あとは現代の日本の小泉純一郎(こいずみじゅんいちろう)や安倍晋三(あべしんぞう)みたいなアメリカのカウンターパートの人間と似たようなのが、ちゃんといる、ということです。

今回はその続きで、カナダの歴代首相たちを書きます。だから、タイトルは「カナダの政治」となります。
今回もまたウィキペディア Wikipedia からの表を貼り付けます。ウィキペディアはCIAが作って管理している、怪しいサイトです。

カナダの歴代首相※Wikipedia「カナダ首相」から。
首相の氏名在任期間所属政党選出州
16(10)ウィリアム・ライアン・マッケンジー・キング
William Lyon Mackenzie King
(第3次)

カナダの吉田茂
Wm Lyon Mackenzie King.jpg1935年10月23日
- 1948年11月15日
カナダ
自由党
サスカ
チュワン州

オンタリオ州
1712ルイ・サンローラン
Louis Stephen St. Laurent
Louisstlaurent.jpg1948年11月15日
- 1957年6月21日
カナダ
自由党
ケベック州
1813ジョン・ディーフェンベーカー
John George Diefenbaker
Louisstlaurent.jpg1957年6月21日
- 1963年4月22日
進歩
保守党
サスカ
チュワン州
1914レスター・ボールズ・ピアソン
Lester Bowles Pearson
Lester B. Pearson with a pencil.jpg1963年4月22日
- 1968年4月20日
カナダ
自由党
オンタリオ州
2015ピエール・トルドー
Joseph Philippe Pierre Yves Elliott Trudeau
(第1次)

カナダの田中角栄
立派な政治家

Pierre Elliot Trudeau-2.jpg1968年4月20日
- 1979年6月3日
カナダ
自由党
ケベック州
2116ジョー・クラーク
Charles Joseph Clark
カナダの中曽根康弘
「チップマンク・オブ・レーガン(レーガンのシマリス)」
悪い奴
JoeClark.jpg1979年6月3日
- 1980年3月3日
進歩
保守党
アルバータ州
22(15)ピエール・トルドー
Joseph Philippe Pierre Yves Elliott Trudeau
(第2次)

立派な政治家
Pierre Elliot Trudeau-2.jpg1980年3月3日
- 1984年6月30日
カナダ
自由党
ケベック州
2317ジョン・ターナー
John Napier Wyndham Turner
Fmr CDN PM John Turner.jpg1984年6月30日
- 1984年9月17日
カナダ
自由党
非議員
2418ブライアン・マルルーニー
Martin Brian Mulroney

いい奴
Mulroney.jpg1984年9月17日
- 1993年6月25日
進歩
保守党
ケベック州
2519キム・キャンベル
Avril Phaedra Douglas Campbell
KimCampbell.jpg1993年6月25日
- 1993年11月4日
進歩
保守党
ブリティッシュ
コロンビア州
2620ジャン・クレティエン
Joseph Jacques Jean Chretien
Jean Chretien 2010.jpg1993年11月4日
- 2003年12月12日
カナダ
自由党
ケベック州
2721ポール・マーティン
Paul Edgar Philippe Martin
Paul Martin in 2006.jpg2003年12月12日
- 2006年2月6日
カナダ
自由党
ケベック州
2822スティーヴン・ハーパー
Stephen Joseph Harper

カナダの安倍晋三
Stephen Harper by Remy Steinegger.jpg2006年2月6日
- 在任中
カナダ
保守党
アルバータ州


政界の動きを、一番わかりやすくやると、次のような説明になる。

古くからの順番ではなく、新しいほうから行きます。現在のカナダの首相はこのウィキペディアの表にあるとおりスティーヴン・ハーパーで、ハーパーというのは現在55歳で、8年もやっています。2006年からずっと。

カナダは、オーストラリアみたいに、ころころ、あまり変わりません。1人の任期が割と長い。10年ぐらいやります。このハーパーというのは、カナダ保守党の党首です。だから、一言で言えばアメリカの手先、アメリカ寄りそのものです。だけど、もっと本当のことを言うと、ハーパーというのはビル・ゲイツの子分です。

ビル・ゲイツのマイクロソフト社は、太平洋側の、ワシントン州がアメリカ合衆国の西の一番北だから日本に近いわけですが、太平洋側のワシントン州の、シアトルにあります。私もこの近くまで見に行きました。中庭は見学しなかったけれど。

・アメリカ・ワシントン州シアトルとカナダ・バンクーバー


このワシントン州の北側に、大きな川一つ、向こう側に渡ると、それがカナダのバンクーバーです。アメリカ側のワシントン州はシアトルが大きな町で、そこにビル・ゲイツのマイクロソフトがある。そして、大きな川のような湾を北にどっこいしょ、と、ここには連絡船で行けるんですが、それは国境を渡ることになるんですけど、その北側がバンクーバーです。このバンクーバーを守(も)り立てた男が、ハーパーです。

ハーパーという男は、選出州はアルバータ州ですが、ここはカナダの西側の大きな州で、もう非常に寒いところで、行ったことはないけど、大雪原の荒涼たる地帯です。

ハーパーは実際、ビル・ゲイツの子分で、ビル・ゲイツからお金ももらっている。ビル・ゲイツがハーパーの親分だということは、実はビル・ゲイツは、既に私があちこちで書いてきたとおり、デイヴィッド・ロックフェラーの軍門に下った男です。ということは、ビル・ゲイツを通して、アメリカの言うことを聞いているカナダの首相です。

カナダは、西側と東側に対立があると考えたほうが早い。

カナダは地図から見てのとおり北の外れのほうで、あんな寒いところによく住んでるよ、と思うようなところです。東のほうが首都が、都市がたくさんあって、オタワとかトロントがある。

それで、ハーパーというのはカナダ人なんだけど、アメリカの手先です。

・スティーヴン・ハーパー


アメリカは独立戦争で、1776年7月4日に独立宣言を採択して独立を達成しましたが、カナダという国は、米英戦争を経て1867年にイギリス政府と交渉して独立を達成した。

アメリカ独立戦争のときに、アメリカで「どうしても自分は、ジョージアンである」と。ジョージ何世という王様たち、それと当時のヴィクトリア女王の時代に、イギリス国王に忠誠を誓うアメリカ人たちが、北のほうに逃げたんです。

それで、「戦うぞ」と。つまりアメリカ合衆国の独立を許さないという人たちが北のほうに、モントリオールやオタワやトロントに逃げて、移り住んだ。

そして、何と1880年ぐらいまで、80年代まで、「アメリカに攻め返してやる」、「アメリカの独立を許さない」という動きもずっとあった国なのです。にらみ合いをやっていた。

しかし、その中間地帯は大平原というか荒涼たる農地が広がっていて、やがて、「もうそんなこと言ってられない」となっていった。

 実はカナダはロスチャイルド系が強い。カナダのロスチャイルド勢力の代表は、「ロイヤル・バンク・オブ・カナダ」です。これは「カナダ・ロイヤル銀行」で、実は私はここの面接試験に行って、まあほとんど受かったんだけども、行かなかったんです。それが1979年、78年頃でした。

ロイヤル・バンク・オブ・カナダというのは、マイケル・ルイスの『フラッシュ・ボーイズ』の中にも出ていました。例のアメリカが金融でインチキをやっていて、超高速取引の回線の、超高速ロボットトレーディングでインチキをやっている(という)、物語風の本です。



 『フラッシュ・ボーイズ』とは、主人公の日系人の人が、ロイヤル・バンク・オブ・カナダで働いていた。そのニューヨークのオフィスで取引をしたら、あるとき一瞬のうちに取引が消えた。これはおかしい、というところから始まっています。

ロイヤル・バンク・オブ・カナダはもっと人間関係を大事にしている銀行で、お金ばっかりの奇妙な、異常な金融取引にのめり込むような人間関係じゃない、という書き方をしています。ですから、ハーパーはロイヤル・バンク・オブ・カナダの言うことを聞かない男だということです。

 しかし、アルバータ州のような荒涼たる大雪原の中でも天然資源がたくさん出るわけです。オイルサンドというのがあって、これを取り出して石油をとる。これはシェールガスやシェールオイルの一種でもあるのでしょう。そんな区別は実はつかないんですよ。資源が出るので、その資源でカナダはもっているわけです。

カナダの天然資源は、西側に持っていけば、バンクーバーは巨大な積み出し港でもありますから、ここから日本やアジア諸国に売ればいいわけです。あるいは東側に持っていけば、ニューファンドランド島などの、あちらのほうに製油所をつくって、そこからヨーロッパ諸国に売ればいい。

ところが真っすぐ南に下ってメキシコ湾まで、ルイジアナ州ニューオリンズのほうまで天然ガスのパイプラインをつくるという計画があったけど、「そんなばかなことするな」ということで、オバマ大統領が拒否しました。その計画はなくなりました。

 ハーパーの前はカナダ自由党のポール・マーティンという男で、この人はあまり記憶がない。カナダ自由党ということは、これが左派政党です。センターレフトといいますが、中道左派政権。後でまた話しますけども、このカナダ自由党にカナダ労働党がもうかなり昔に吸収されていった。

ですから、カナダの2大勢力でいえば、やはりハーパーたちの保守党かカナダ自由党と、ここに左翼的な人たちも入っているわけです。かつ、このカナダ自由党が反米的でもあります。

・ポール・マーティン


ポール・マーティンは、2003年から2006年まで3年間やっていますが、ケベック州と書いています。ここに意味がある。ケベックというのはカナダ連邦からの独立運動があったぐらいですから、今でもフランス語を使っている人たちがかなりいる。基本的にはバイリンガルで、英語とフランス語の両方が使えるらしい。

 マーティンと、そのもう一人、前に、ジャン・クレティエンという人がいますが、このウィキペディアの表を見るとわかるとおりJoseph Jacques Jean Chretienですから、もうフランス語です。ケベック州から出て、全体の首相をやっていた。この人は10年やっています。しかし、そんなにアメリカに逆らっている感じでもなくて、是々非々で。
やっぱり、ビル・クリントン時代とブッシュ時代ですから、アメリカの言うことを聞きながら逆らわないでやってきたと言ったほうがいい。

・ジャン・クレティエン


・キム・キャンベル


 その前のキム・キャンベルという女の首相がいるけど、これは進歩保守党ですから、当時はそう名乗ったんだけど、ミドルネームがPhaedraだから、おそらくベルギー系です。

 その前に、1984年から93年まで9年間やっている(ブライアン・)マルルーニーというのがいて、この人はたしか反サッチャー主義です。で、ケベック州ですから、やっぱり出身が・・・。保守党なんだけど反サッチャーで、サッチャー型のニューリベラリズムの手法が嫌いだった男です。
どうもこのときは反イギリス、反レーガンみたいな感じで、保守党なんだけど、やや独立している感じの時代でした。やはりカナダ人の中には反米感情がかなりあります。それが大事なことです。

・ブライアン・マルニーニー


ですからスティーヴン・ハーパーは、今のマルルーニーを嫌っていました。マルルーニーが育てたわけじゃないんです。ですから、保守党内部の右派と左派というか、「民族派」と「アメリカの手先派」に分かれている感じです。

日本でいえば、野中広務(のなかひろむ)が今、実は細野豪志(ほそのごうし)たちを裏から操っていますけど、大同団結させて、安倍晋三(あべしんぞう)みたいなちょっと危ない危険な右翼、自民党内右翼勢力と対立しなきゃいかん、という動きになっています。

 カナダ人で一番おもしろいのは、実は第22代のピエール・トルドーという男なんです。

・ピエール・トルドー


トルドーは首相を2回やっている、返り咲いて4年間やっていますが、その前の1968年から11年間やっています。Joseph Philippe Pierre Yves Elliott Trudeauですから。まあそんなことはどうでもいいけど、このトルドーがカナダの田中角栄なんです。

彼はケベック州の出身で、カナダ自由党党首です。一番ソーシャリスト、まあ社会主義というより民主主義者で泥臭い男なんですが、トルドーはたしかアメリカと喧嘩をするときには、わざとフランス語をしゃべった男です。

「ケベコワ」というのですが、フランス語の古いやつ。フランスの植民地だったところですから、王様が軍隊を出してつくったところだから、ケベコワという、今から言えば古いフランス語をしゃべっている地域で、今でもケベコワ語の新聞が出ているはずです。私もちらっと見たことがありまして、聞いたことがあるんだけど、どう違うんだと聞いても、説明してもらえなかった。いわゆる今のフランスのフランス語と少し違うらしい。このケベコワをトルドーたちは喋っているわけで、それと当然、英語で生活している。

 このころ、ピエール・トルドーのときは、ベトナム戦争ですから、アメリカの言うことを聞いて、ベトナムにカナダ兵を出兵する。しかし「Show the flag」といって、「旗色をはっきりさせろ」と、「旗幟鮮明にせよ」という言葉があって、さっさとカナダの国旗をベトナムに立てるわけです。

軍隊を2万人ぐらい出して。でもさっさと帰っていった。2年ぐらいで帰っていったと思う。オーストラリアはずっと7~8年いたと思いますが。だから同じcommonwealth、英連邦、19世紀の大英帝国ですが、その英連邦の一部なんだけど、カナダはオーストラリアほど弱くない。で、「Show the flag」といって、メープルリーフが真ん中にぺたっとくっついてるカナダの旗なんですけど、あの旗だけをはためかせておいて、さっと撤退してしまった。

 で、アメリカ人が、「あのメープルリーフはマリファナの葉っぱとよく似ている」と言ってました。メープルリーフというのはメープルシロップといってカナダのお土産で私もよくもらいましたが、木の幹に傷をつけて樹脂をとるわけです。樹脂というか砂糖分ですけど、メープルの砂糖シロップを瓶に詰めたやつが、今もお土産です。

 カナダ労働党系というかカナダ自由党は、このメープルの木をものすごく大事にするんです。民族独立感情といいますか、「アメリカの言いなりになんかならないぞ」という気持ちが今も非常に強い。このことを象徴するのが、このメープルという木の葉っぱなんです。国旗の真ん中にでんと今でもくっついています。トルドーというのは非常に面白い男で、本当にカナダの田中角栄です。

 ところが1979年に、レーガン政権ができるころ、アメリカを敵と見なして、トルドーをたたき落としてやれ、という動きがあった。それで実際、追い落とされた。それで進歩保守党に代わりました。それがジョー・クラークというカナダ首相で、若い男でした。

・ジョー・クラーク


ジョー・クラークが今、何をやっているかわかりませんが、レーガンのときに、「カナダも、もうちょっと言うことを聞くやつにかえろ」という動きがあった。で、このクラーク首相にかわったのですが、クラークが唱えたのが初期のレーガンと同じで、減税です。「税金を減らせ」と。

一番初期のレーガンは、本当はリバータリアンたちが応援していまして、「レーガノミックス」と呼ばれたものも、本当は減税のことです。アメリカ国民に税金をかけるな、と。簡素な政府にしろと。福祉重視を言わない小さな政府主義ですね。私もケイトー研究所というワシントンのリバータリアニズムの研究所で、ウィリアム・ニスカネンという所長が書いた『レーガノミックス』という本を直接もらいました。

 ニスカネンは1年もたたないうちに、レーガン政権のアドバイザーの経済学者の立場を追い出されてしまいまして、軍事強硬派みたいな、対ソビエト強硬派みたいな連中に取って替わられてしまいました。ですから、最初のレーガンを支えていた連中はリバタリアンなんです。

ジョー・クラークもそういう流れで出てきた人で、税金反対というか減税をやって、政府の部門を小さくしろという動きの中で出てきた人です。ところがレーガン政権自身は、リバータリアンたちを追い出した後は、軍備増強だけはやり続けた。本当は軍備も減らせ、というのがレーガンの主張だったんだけど、1989年のソビエト帝国の崩壊にまでレーガンたちが追い詰めたことになった。そのレーガン政権の中に、たくさんネオコンの連中が入り込んでいった。

 あまりネオコンの話はしませんが、これは過激派の新左翼の学生運動をやっていた人たちです。日本ではトロツキー主義と言うけど、「Trotskyite」(トロツカイト。英語ではトロツキストとは言いません)と英語でいいます。こいつらはユダヤ系なのですが、世界革命主義者たちがレーガン政権に入り込んでいった。国民も「レーガン・デモクラット」といって、民主党支持者だった人たちがレーガンを強く支持した。その流れです。

だから急進左派、すなわち過激派だったユダヤ系のインテリたちがレーガン政権の中で誕生した。つまり民主党を裏切ったというか、民主党から出ていって共和党になったんです。その代表的な女が、重要なおばさんがいるんですね。ブレジンスキーみたいなのは最大の大物なんだけど、彼は民主党の中にずっととどまりました。

 そのアメリカの話はもうしませんが、ジョー・クラークはたった8カ月でまた追い落とされます。またトルドーたちが巻き返した。やっぱりカナダ民族主義というか、反米主義が強いんです。で、1980年から84年までトルドーがやっています。だから、トルドーは田中角栄よりももっと強かったということです。

 そのトルドーが出現する前は、カナダはもう何というか、チャーチルの言いなりになっていた、と言うべきでしょう。イギリスの言いなりなんです。やっぱりイギリスの植民地ですから。戦前も戦後も、チャーチルがカナダ政治を動かしたと言っていい。

チャーチルとしてはカナダの力を利用して、戦争中もアメリカをせっついた。だからトルドーより上の連中は、戦争中から戦後も何かあるとイギリスはカナダを利用して、アメリカにあれこれ言わせたという形になります。戦争中だってアメリカがなかなか、アイソレーショニスト(孤立主義派)がいるもんだから、軍隊を出そうとしない。ナチスドイツが今にもイギリスのブリテン島まで攻めてこようとしてる、これじゃたまらんということでチャーチルが仕組んで、サンフランシスコの日本国総領事館の中に進入したりいろいろあったんだけど、日本に真珠湾攻撃をやらせるように仕組んだ。チャーチルだけがやったわけじゃないんですけど、ルーズベルトもやったんだけど。それで真珠湾攻撃をドカンとやって、アメリカ軍がヨーロッパ戦線にも参戦していった。

 ですから、カナダはロスチャイルド系なんだけど、この時期にロックフェラー系に負けたのです。だけど、チャーチルという人は、じゃあロックフェラー系の子分になったのかといったら、そういうわけにはいかない。ロスチャイルド、あるいはイギリス国王に忠誠を誓っているわけですし。ま、両方にくっついたと言うべきでしょう。

またセオドア・ルーズベルトという男が、1904~1905年から、最初はロスチャイルド系に育てられていたのに、1913年を境にロックフェラーの力のほうが石油の力で大きくなったので、ロックフェラーのほうに乗りかえたというアメリカの大統領です。それがセオドア・ルーズベルト。で、日露戦争の仲介(インターミディエイター)をやって、ロシアと日本の和解、和平交渉、ポーツマス条約をやって、トンビが油揚げをかっさらったというか、仲介者の利益でセオドア・ルーズベルトの裏にいるロックフェラー家が世界を支配していった。

 この時期に出現したのが、16代のマッケンジー・キングという首相です。1935年から13年間、戦後もずっとやっています。このマッケンジー・キングが重要なんです。これはカナダの吉田茂とはっきり言っていいでしょう。

・マッケンジー・キング


マッケンジー・キングというのはカナダ自由党ですから、民族主義者です。自由党というのは社会主義、労働党というよりも、ホイッグの伝統と言うべき党です。オートノミー、自立路線といいますか、自活路線を主張している。ホイッグというのは、イギリスの自由党の流れのことです。自分たちのことをホイッグだと言い続けている。アメリカの独立を喜ばなかった人たちの集団ですから、考え方がイギリス式です。それに対して、さっきの保守党の人たちは、自分のことをトーリーだと言ってます。

 このホイッグとトーリーぐらいは知らないともう話にならないんだけど、トーリーというのは貴族様のことなんです。イギリス貴族様が、トーリーです。イングランド・コンサバティブ・パーティーのことをトーリーというんですけど、それの引き写しだというのがカナダの保守党。

 それに対してホイッグというのはイギリス自由党の伝統で、イギリス自由党は今はもう小さくなっちゃって、ニック・クレッグという非常に立派な男が今、LDP(the Liberal Democratic Party)の党首です。非常に優秀な立派な男です。

イギリス自由党はそれにしても、何とまあぼろぼろになっちゃって、もう10人も国会にいないんじゃないかと思うぐらい少数派に転落しています。さらに人気がなくなっています。イギリスのLDPは、イギリス自由党の非常に長い歴史を持っている立派な政党です。ジョン・メイナード・ケインズたちもイギリス自由党。オックスフォードやケンブリッジの大学を出た優秀なやつらで、ちょっとリベラル的な、ちょっとというかリベラル派の思想が自由党です。

 ところが世界全体が労働者の時代になってしまったものだから労働党にぼろぼろに負けてしまって、消えていった。ほとんど消滅に近くなった。それでもまだ残っています。だから、イギリス自由民主党というのは立派な政党で、本当のリベラリズムを体現している。

 ここで一応、少し説明します。日本の政治を勉強している知識人どもは今でもわかっていないんだけども、私のアメリカ政治研究の本を読まなきゃいけないんですが。

イギリスの思想が北アメリカ大陸に移ってきたときに、ホイッグだけが来た。自由主義思想がアメリカに来た。アメリカに来たときの自由主義思想、リベラリズムが、何とアメリカ共和党になっていった。つまりアメリカの保守思想になっていった。ねじれちゃったんですよ、ここが。ここがみんながわからない。

トーリーというイギリスの貴族様、王侯貴族たちの思想は、アメリカ合衆国に来たわけないでしょう。

 そして「自由主義って何ですか」という問題になる。リベラリズム、自由、自由と言えばみんなね、何だか神様みたいにあがめることになっているけども。

日本では天皇陛下が主権者、ソブリンだったわけですが、後で捨てた。戦後はね。しかし、クラシカル・リベラルといって、古典的自由主義者。言っておきますけど、リベラリストというのはドイツ語にはあるけど英語にはありませんので、自由主義者のことを英語ではリベラルと言うんです。で、自由党がリベラルズです。デモクラッツというのが民主党です。

 そうすると、これはエドマンド・バークたちの政党ですから、バーキアンという思想です。これはジェントルマンたちの党なんです。新興勃興階級です。平民から成り上がっていって、大農場経営者とか工場労働者や大きな商売人で豊かになっていったブルジョアジーたち、ジェントルマンたちの階級がイギリスのリベラリズムを体現したわけです。

ホイッグは貴族たちのトーリーを嫌いです。それでも議会の中ではかつらをかぶらなきゃいけないもんだから、「ホイッグ」と言ってばかにされた。「おまえらなんか似合わない」と。それでも一応、小さなかつらをかぶったんです。だからホイッグと言われた。だから自由主義者たちなんです。産業や工業とともに栄えてきた、貴族ではない人たちです。これがアメリカに渡ってきて、アメリカ保守主義をつくるんです。

 だからアメリカ保守主義というのは、共和党なんです。なぜなら共和党しかなかったんですよ。1861年に、「the Civil War」と言いますが、「内乱」と本当は訳すべきなんだけど、南北戦争と訳します。その南北戦争ときの大統領がリンカーンですから、リンカーンが体現した思想というか、アメリカ共和党、アメリカン・リパブリカン・パーティーの創業者の1人ですからね。1870年代80年代は、まだアメリカ民主党なんかないんですよ。1828年ぐらいからだと思います。

 ではそれまでは、「アメリカ民主党ってどこにいたんだよ」といったら、タマニー党という、金持ち集団がニューヨークにいたんです。タマニーという男がいて。こいつらが泥臭い政治をやっていた。金で選挙の票を買うみたいな政治を。タマニーという集団からアメリカ民主党が生まれてきた。ニューヨーク・ユダヤ人たちとイギリスから流れ込んできたイングリッシュですけど、貧乏イングリッシュたちの連合体といいますか。

 簡単に言うとイングリッシュというのは、たる詰めの豚肉、つまり豚ハムを食べるんです。それに対してユダヤ人たちというのは、ゴーダ・チーズというのがあるけど、臭いチーズを食べる。ゴーダという町がほんとオランダに今もあるんだけど、ゴーダという。だから、臭いチーズを食べるのがオランダ系ユダヤ人。

 ニューヨークというのはイギリス軍に制圧されるまでは、ニューアムステルダムでした。アメリカ合衆国が独立する前です。ニューアムステルダムがニューヨークに変わったわけで、オランダ系ユダヤ人たちがいたわけです。オランダだけじゃないけど。ユダヤ人たちの町で、そこからアメリカ民主党が生まれた。臭いチーズを食べるのと、塩詰めの塩の豚ハムを食べるイングリッシュたちとの混合体、まじり合って生きている世界です。

 「ヤンキー(yankee)」という言葉は、だから本当は、辞書が意識的に嘘を書いているんだけど、「ヤンク(yank)」というのはオランダ系オランダ人という意味なので。ファン・ダイクのヤンというのとヤンクというのは、臭いチーズを食べる人々という意味なんです。

ヤンキーというのは、実はユダヤ人という意味なんです。これをはっきり言うとユダヤ人差別になるからみんなが使わないだけで。ヤンキースタジアムと言うけど、あれは南部のテキサスあたりの開拓農民たちから見たら、北のほうからユダヤ人たちが攻めてきたという意味なんです。「ヤンキーゴーホーム」というのはそういうところから使われた言葉です。それをわざとごまかしている。本当のことを言わない。だから私が本当のことを教えます。

ヤンキーというのはユダヤ人という意味。ニューヨークユダヤ人、それが攻めてきたという話なんです。ですから、ここをわからなきゃいかん。

 だから、イギリスのホイッグの自由主義がクラシカルリベラル、古典的自由主義ですけど、でもそれは産業資本と一緒に勃興した新しい平民階級ですから、これがアメリカで共和党員、リパブリカンをつくっていった。リパブリカンというのは共和制主義者。

だから、「リパブリカニズムって何だ」といったら、それは王様、貴族がいてはいけない、という意味です。中世ヨーロッパの都市国家です。それも大金持ちの代表たちが政治運営をやって、3人とか指導者を決めるんですね、三頭政治とかいって。3人で都市国家の運営をやらせるわけで、それがヨーロッパの中世都市なんです。それがリパブリカン。貴族がいちゃいけない、王様がいちゃいけないんです。

 今でもアメリカ合衆国は、「サー(Sir)」というのを名乗っている人はいちゃいけない。これをみんなが知らない。貴族様はいちゃいけないんです。ただ、外国人がアメリカに住んでいて、サーを名乗るというのは構わない。でも今はあまり喜ばれない。もしアメリカ国民で勝手にサーなんか名乗ったら、反逆罪になります。アメリカでそれをやると、国家反逆罪になる。イギリスの国王からもらったんだとか偉そうなことを、そういう、イギリスから移り住んできたやつがサーを名乗ったりするけど、あまり大っぴらには名乗りません。

 ところがカナダはさっき言ったようにアメリカに逆らった、反対した人たちの国だから、イギリス式でできているということで。だからマッケンジー・キングたちはホイッグなんです。伝統で。イギリスの植民地だったんだけど、英連邦の一部ですからね。マッケンジー・キングはいかにもカナダ的な人物だ。

 ところで、確かにマッケンジー・キングはベンジャミン・フルフォード(古歩道)の大おじさんですよ。これは本人がどこかで書いていました。ベンジャミン・フルフォードというのはお父さんが外交官で、お兄さんはゴールドマン・サックスかどこかでしょう。外交官なんです。一等書記官だったと思う。それで東京に来ていた。お父さんと一緒に10代のころ、少年時代から。

でも、フルフォードというのは根っからのヒッピーなんです。だから、フルフォード氏はやっぱりマリファナを吸っていたんだと思う。少年時代から。やめられないんですよ。今も恐らくやめられないと思う。

 それでちょっと言うと、その後20代のころは南米に行ってます。南米の本場のマリファナか何か吸ってたんじゃないかと私は思うけど。で、高校は東京で出ているんじゃないか。それで南米で暮らして、それから、本国にも帰っただろうけど、また東京に来て、創価学会の女の人とくっついた。高円寺かどこかで、飲み屋で5~6年働いているはずです。そのときに日本語を覚えたとか書いてありましたね。

 フルフォード氏は、最初はマグロウヒル(McGraw-Hill)の雑誌部門の特派員という肩書をもらって来たはず。職業人として。たしか『Plastics Info World』という雑誌の特派員です。

マグロウヒルというのは、これはロックフェラー家も何もデイヴィッド・ロックフェラー直系なんです。『BusinessWeek』という雑誌をずっと出していました。マグロウヒルは日本経済新聞、日経とも組んでいましたけど、今はあまり関係ない。世界最大の出版社ということになっています。

でもマグロウヒルというのは雑誌部門と、いわゆる単行本というか出版局、単行本の部署とけんかばっかりしている出版社でした。やがてコンピューター関係の本もいっぱい出すようになった。

 フルフォードは最初はマグロウヒル系の特派員ですから、ロックフェラー家とつながってます、やっぱり。その後に、『Forbes』の特派員という立派な肩書になっていった。ちょっと私は疑っているんだ、彼を。

しかし、確かにいい家柄の人で、彼はマッケンジー・キングや自分のじいさんが、ロックフェラー家と一緒にビジネスをやってだまされたと、ひどい目に遭ったとか、そういうこともどこかに書いていました。私はそれは真実だと思う。

 私は別にフルフォードと敵対する気はないけど、もうちょっと・・・。

こら、フルフォード、カナダの政治の世界のことを書け、おまえが、ほんとに。

何でフルフォードが説明しないで、日本人の副島隆彦がしなきゃいけないんだ。はっと今、気づいたんだ。怒るぞ、こら本当に。

わけのわからんことを言うな。変な、闇の世界みたいな、ブラック・ドラゴンじゃなくてホワイト・ドラゴンがどうのって、くだらないことはどうでもいいから。おまえはカナダ人なんだから、カナダの政治の説明をちゃんとしろ。お願いだ、お願いしますよね、ほんとに。

ねえ、ほんともう笑い話だ、こうなると。

 それでこのマッケンジー・キングは偉いんだけど、彼は1935年、昭和10年から戦後までやっています。1920年代には、そのころはカナダはレーバー・パーティーという労働党があるんです。

強かったんです。その労働党がたしか三つに分裂してて、オールド・レーバーという連中とニュー・レーバーというふうに分かれていた。

古臭い労働党員と新しい労働党員の対立があった。もう一つ、ソーシャル・クレジットという派閥があった。それは非常に独特な集団です。ソーシャリスト、すなわち社会主義者というほど左翼じゃない。ソーシャル・クレジット、このクレジットを何と訳すべきかなんだけど、社会信頼派閥という、信頼党といいますか。

 これは初めての重要な人なんですが、C.H.ダグラスというイギリスの軍人です。たしかMajor General、少将です。陸軍少将のC.H.ダグラスという人が引退した後、カナダに来た。そしてソーシャル・クレジット運動を始めて、合理的な経営という考え方を政治の世界に持ち込んだ人です。

C.H.ダグラスは合理的に国家経営もやるし社会福祉もやる、数字をきちんと管理する。計算尺がものすごく好きだった人です。計算尺がちゃんと使えない人は役人にしない、すべきじゃない、と言っていました。半分左翼的で、貧しい人を食べさせろ、みたいな思想でもあるけども、リベラル派というほど・・・。リベラルなんだけど、国家主義者的でもある。軍人ですから。

 C.H.ダグラスはたしか工兵部隊です。工兵部隊というのはエンジニアリング部門で、道路づくりとか橋とか鉄橋とかをつくる軍隊です。電話線を引いたり、通信線を引いたり。この工兵部隊上がりの人です。彼の運動がソーシャルクレジットという、これが非常に重要だったんです。まあ、こういう運動がある。

 これはニュージーランドでも同じような運動がずっとありまして、ソーシャル・クレジットという考え方が大事なんです。でも、やがて労働党は戦後なくなって、自由党に合体していきました。

そういうわけで、これがカナダの政治の世界です。

 復習しておくと、今のハーパーは悪いやつで、アマリカの手先そのもので、ビル・ゲイツの子分だ、というのが非常に重要なことです。

それに対して田中角栄みたいな、ピエール・トルドーというのがいた。彼がずっと70年代、80年代の前半か、カナダ政治をやっていました。

それから、進歩党と自由党が交代しながらカナダの政治をやっている。ですから、やっぱり戦前戦後ではマッケンジー・キングが重要である。そういういうことです。

ジョー・クラークというのはたしか、たった8カ月しかできなかった。

つまりピエール・トルドーを追い落とそうとしたアメリカの策略があって、一旦このカナダの田中角栄が追い落とされたんだけど、また8カ月後に復帰しますが、クラークはレーガンの子分と言われていました。「チップマンク・オブ・レーガン」と言われてました。

チップマンク(chipmunk)というのは、ディズニー映画の中にちょろちょろ出てくる、シマリスです。背中に模様が、筋があって、小さな、ちょろちょろ走り回るリスがいるでしょう。あれがチップマンクなんですが。クラークはレーガンのチップマンクと呼ばれていました。

ジョー・クラークは一生懸命、反対派として、保守党としてずっとトルドーの足を引っ張った。そういう男がいました。ということで、今回はこれで一応終わりにします。

(了)

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