「1497」オーストラリアの歴代首相について。 日本人が知らない、オーストラリア政治の基本骨格を副島隆彦が分かり易く解説します。2014.12.17
副島隆彦です。今日は2014年12月17日です。

 今日は「オーストラリアの政治」ということで大きな話をします。オーストラリアという、日本から見たら真南にある大きな大陸の国の、そのオーストラリアの政治が一体どのように作られているかをはっきりと教えます。

 オーストラリアは、日本人にはかなり親しい国で、行ったことがある人がたくさんいると思う。私も30年前の昔に行きました。私たちの「学問道場」の会員でオーストラリアに在住の人が5人います。カナダにいる会員もそれぐらいいます。世界中のいろんな国に会員がいる。

 オーストラリアの内情を「重たい掲示板」に書いてくれた会員たちもいます。しかし、皆、「オーストラリアの政治」をわかりやすくはっきりとした骨格で理解してないので、私も腹を決めて、本気で書くことにしました。かつ、わかりやすく書きます。

オーストラリア首相の一覧※Wikipedia「オーストラリアの首相」から。
首相の氏名就任年月日退任年月日所属政党
12ロバート・メンジーズ
Sir Robert Gordon Menzies
オーストラリアの吉田茂
Menzies2c.jpg1939年4月26日1941年8月28日統一
オーストラリア党
13アーサー・ファデン
Sir Arthur William Fadden
FaddenPEO.jpg1941年8月28日1941年10月7日オーストラリア
地方党
14ジョン・カーティン
John Joseph Curtin
JohnCurtin.jpg1941年10月7日1945年7月5日オーストラリア
労働党
15フランク・フォード
Francis Michael Forde
Frankforde.jpg1945年7月6日1945年7月13日オーストラリア
労働党
16ベン・チフリー
Joseph Benedict Chifley
Benchifley.jpg1945年7月13日1949年12月19日オーストラリア
労働党
ロバート・メンジーズ
Sir Robert Gordon Menzies
オーストラリアの吉田茂
Menzies2c.jpg1949年12月19日1966年1月26日オーストラリア
自由党
17ハロルド・ホルト
Harold Edward Holt
Harold Holt 1967.jpg1966年1月26日1967年12月19日オーストラリア
自由党
18ジョン・マッキュエン
Sir John "Black Jack" McEwen
Nla.pic-an23474705-v.jpg1967年12月19日1968年1月10日オーストラリア
地方党
19ジョン・ゴートン
Sir John Grey Gorton
JohnGorton1954.JPG1968年1月10日1971年3月10日オーストラリア
自由党
20ウィリアム・マクマホン
Sir William "Billy" McMahon
WilliamMcMahonAHeadshot.gif1971年3月10日1972年12月5日オーストラリア
自由党
21ゴフ・ホイットラム
Edward Gough Whitlam
オーストラリアの田中角栄
Whitlam1955.jpg1972年12月5日1975年11月11日
(総督により罷免)
オーストラリア
労働党
22マルコム・フレーザー
John Malcolm Fraser
ワル
MalcolmFraser1982.JPEG1975年11月11日1983年3月11日オーストラリア
自由党
23ボブ・ホーク
Robert James Lee Hawke
立派な人
BobHawke(cropped).jpg1983年3月11日1991年12月20日オーストラリア
労働党
24ポール・キーティング
Paul John Keating
立派な人
Paul Keating - 2007-crop.jpg1991年12月20日1996年3月11日オーストラリア
労働党
25ジョン・ハワード
John Winston Howard
こいつが大ワル。
オーストラリアの中曽根康弘
PMincoffsZOOM.jpg1996年3月11日2007年12月3日オーストラリア
自由党
26ケビン・ラッド
Kevin Michael Rudd
立派な人
Kevin Rudd DOS cropped.jpg2007年12月3日2010年6月24日オーストラリア
労働党
27ジュリア・ギラード
Julia Eileen Gillard
裏切り者。ヒラリーについたワル女。
Julia Gillard 2010.jpg2010年6月24日2013年6月27日オーストラリア
労働党
ケビン・ラッド
Kevin Michael Rudd
Kevin Rudd DOS cropped.jpg2013年6月27日2013年9月18日オーストラリア
労働党
28トニー・アボット
Anthony John "Tony" Abbott
ジョン・ハワードの操り人形
Tony Abbott - 2010.jpg2013年9月18日(在任中)オーストラリア
自由党

 上に揚げた 一覧表は、 ウィキペディアから 転載したものです。戦中・戦後からの歴代のオーストラリアの首相たちの顔ぶれを載せました。 現在の首相までを載せた。

 今のオーストラリアの首相はトニー・アボット(Anthony John “Tony” Abbott)という男だ。これは、「クロコダイル・ダンディ(“Crocodile” Dundee)」というオーストラリアものの映画が1986年に、あったんだけど、いかにもオーストラリアの、田舎臭い、オーストラリアのワニ捕りを職業にしているような、素朴で朴訥で貧乏臭い男なんですが、そういう男だと、アボットは見られている。

 トニー・アボットというのはオーストラリア自由党の党首で首相です。ここがオーストラリアの保守党で、日本で言えば自民党です。 貧乏な家の出なのですが、シドニー大学を出た後、オックスフォード大学留学組だからエリートになったのだけども、徹底した右翼です。こいつは、もう本当に右翼で今のオーストラリアの首相です。安倍晋三と同じような感じの右翼だ。

 それで、私が急にオーストラリアの政界の巨大な真実をはっきり書こうと思ったのは、このトニー・アボットが、この7月17日に、マレーシア機のNH17 がウクライナ上空で撃墜された事件に関してです。

 真実は、私たちが、世界中のヨーロッパの若いインテリ層も全部知っているとおり、本当に撃ち落したのはウクライナ政府軍のキエフ政府の極右(きょくう。ファー・ファー・ライト)の危ない連中が、ウクライナ軍機の戦闘機2機で、正面からマレーシア機の操縦席を機関砲(キャノン)で撃墜した。 だからあの飛行機の操縦席あたりにたくさん大きな穴が開いている。

 ブーク(BUK)ミサイルという、地対空(ちたいくう)ミサイルで、親ロシア勢力が撃ち落したのではない、と、ほぼはっきりしている。 世界基準で、世界のリベラル派の間では、「ノー・スモーキング・ガン No smoking gun 」という言葉で、私たちの「重たい掲示板」にも、アルル君がはっきり載せたとおりだ。

 つまり親露(プロウ・ロシア)勢力が撃ち落したという直接証拠は、ない。これぐらいのところで世界政治は動いている。だから、ことさらウクライナの親露勢力の肩を持たなくてもいいけども、真実を大事にする政治をやらなきゃいけない。

 ところがトニー・アボットがこの間の11月15日のG20(ブリスベーン)なんかでも、ロシア攻撃を徹底的にするという動きに出た。世界基準で英語ができる人たちなのだから、「ノー・スモーキング・ガン」と、「ロシアや親露勢力が撃ち落したという証拠はない」と、はっきりわかっているのに、それでもロシアたたきをやろうとした。

私はアボットに怒っています。それで本当の真実を全部語ることにしました。

 アボットは、純朴な男ですし大した人間じゃなくて、アメリカが裏から操っている男だ。大して知能もありません。大事なのはその前の首相なのです。このアボットは、つい最近、去年の9月からのオーストラリアの首相だ。

 オーストラリアの場合は自由党(Liberal Party of Australia)が保守党なんです。日本の自民党みたいなもんです。その前のケビン・ラッド(Kevin Michael Rudd)というオーストラリア労働党の党首がいて、この人が2013年の9月まで、たった3カ月間やった。オーストラリア労働党の中に、このケビン・ラッドの政権の足を引っ張るのがいて、それが ジュリア・ギラード(Julia Eileen Gillard)という女です。その女が、2010年から2013年までちょうど丸3年間首相をやりました。

 私はこのギラードという女に怒っています。美人のすらっとした、いかにもオーストラリアの牧羊犬のシェパードというか、何かカンガルーみたいなひょろっとした美人の女なんだけど、このジュリア・ギラードが同じ、労働党の中でケビン・ラッドの足を引っ張った。

 徹底的に引っ張りました。そして自分自身が3年間首相をやった。ケビン・ラッドは2007年の暮れから、2010年の6月まで首相をやっています。

 ケビン・ラッドというと、中国語がしゃべれるオーストラリアの首相だ、ぐらいしか日本人は知らない。しかしこのケビン・ラッドは非常にいいやつで、真面目なやつで、立派なやつです。労働党ですから、やはり貧乏からはい上がって秀才だったから外交官になった男です。

 このケビン・ラッドが何で中国語を勉強したかというと、それはグレゴリー・クラーク(Gregory Clark)という男がいて、日本にずっといた男です。この G・クラークが外交官としては、このケビン・ラッドの先輩です。「外交官で生きていく上では、外国語は何を勉強したらいいか」とラッドから聞かれて、グレゴリー・クラークはケビン・ラッドに対して、「これからはもう日本語はやめろ。日本語の勉強はするな。「中国語をやりなさい」と言っ助言した。それで一生懸命中国語を勉強した。娘たちにも中国語を勉強させた。そして「中国に行け」と言われた。

 ラッドは、中国大使にはなっていないが、北京で一等書記官にはなっている。だからオーストラリアの親中国派(プロウ・チャイナ pro-China )です。このグレゴリー・クラークという男は、オーストラリアの国家情報部の幹部です。対(たい)日本の専門家(エキスパート)です。日本では多摩大学(名誉)学長みたいなことも最後はしていました。日本のテレビに、1980年代にはよく出ていた。その後、一橋大学の教授に移ろうとしたけど失敗している。駐日の外交官をやめた後も、20年以上日本でうろうろしていた。

 今はオーストラリアに帰って引退生活をしている。このグレゴリー・クラークが、外交官なんだけど、オーストラリア情報部ですからやっぱりアメリカに気兼ねしながら、「あんまり本当のことを日本人にしゃべるな」と叱られたらしい。

 オーストラリア人というのは、まあ、カナダ人もそうだけれども、イギリスとアメリカに頭が上がらない人たちで、一言で言うと「ダウンアンダー(Down Under)」と呼ばれています。「へその下」という意味です。だから同じ白人文化で、アングロ・サクソンという言葉はあんまり皆さん使わない方がいいんだけども、(本当は、このコトバは、歴史的にフランス人だけが使える。説明はここではしない。本当は、アングロ・アメリカン という。英米のことだ)。 そのアングロ・アメリカンの下にいる連中で、アイリッシュ系とかスコティッシュ系とか、下層白人(ローアー・ホワイト)の国です。

 ですから、アメリカ人が、オーストラリア人や、カナダ人に対してもそうですが、今でも、「おまえら、女王陛下の奴隷めが」みたいな言い方をする英語があります。つまり、同じ白人同士でありながら、貶(けな)すんです。そうすると、オーストラリア人やカナダ人は黙ってしょぼーんとしてる。私はその場面をこれまでの、何住回か見たことがある。言い返さないんですよ。 要するに被差別民です。日本人と韓国・朝鮮人と同じ関係だ。 このように、はっきり私は言います。 オーストラリア大使館から抗議が来ても構わない。 私は、アボットに怒っているから、こう書く。 

 ですから、背骨が曲がっているというか、闘えないんです、ずっと。昔はイギリスの植民地だった。イギリス人の貧乏人たちのごみ捨て場で、Dump 、捨てに来て創られた convicts コンヴィクト、囚人たちの国がオーストラリアだ。そのように自嘲的に言う。カナダもそうです。本当は、アメリカ合衆国もそうです。この話も前にしました。「ごみ捨て場なんです」と。

 こういうことをはっきり言うと嫌われるけども、はっきり言います。私は、30数年前に、(オーストラリア人を私が差別しようとしてる訳ではない。大きな真実を語ると決めたのだ)、メルボルンの若い弁護士の女性と一時つき合っていたことがある。だからオーストラリアンというのはどういう人たちか、実はよく知っている。もう30歳前の話ですけど。

 それで、ギラードが、何で悪い女なのかというと、こいつも労働党ですから、下からはい上がってきた女です。警察官の家に生まれて、お母さんは看護婦さんですから。それでもまあ、メルボルン大学で学生運動の幹部をしていた女だ。

 ところが、2007年ぐらいにケビン・ラッドが、対中国政策で徹底的に親中国政策をやるものだからアメリカにものすごく嫌われて、足を引っ張られまして、経済運営がうまくいかないとかいうことを理由にして、辞めさせられてしまう。

 その後、2010年に、ギラードという女がするするっと首相になった。そしてこの女は、何のすぐれた政策も何もしていません。ですから、政界のごたごたの話も後(あと)でつけ加えますけれども、中国で外交官としてのキャリアも積んでいるケビン・ラッドは、中国大使にはなってないけど、一等書記官にはなっているはずです。ですから、「『アジア人どうし戦わず』の方針でいきたい。共にアジア地域(リージョン、region)で繁栄しよう」という考えの持ち主です。

 オーストラリア人の人口は、3000万人もいないけれども、やっぱり主にイギリスの貧乏人たち、それからヨーロッパ系白人たちが、流れ着いて、はい上がった国ですから、非常に穏やかで良い国民性をしています。だから労働党が政権をとったときは、アジア人と仲よくする。ところが自由党という保守党に悪(ワル)がいます。

 はっきり言います。ジョン・ハワード(John Winston Howard)という男がいます。これが1996年から2007年まで11年間、首相をしていた。このジョン・ハワードがものすごい悪なんです。

 一言で言います。このジョン・ハワードが中曽根康弘なんですよ。そう言うと、一瞬でわかるでしょう。ジョン・ハワードがとにかく悪いやつで、まだ生きていまして、80歳ぐらいだと思うけども、全て今もオーストラリアの政治を操(あやつ)っています。ですから、こそこそとささやかれているのは、トニー・アボットはこのジョン・ハワードの操られ人形だ、と。

 それで、このジョン・ハワードが悪い男で、こいつが白豪(はくごう)主義者のようには振る舞わないけども、中曽根康弘と、ついでに小泉純一郎まで合わせたような男です。実際、ハワードは小泉と仲がよかったと思う。中曽根ともつき合っていた。ですから、ブッシュの子分と言ったほうがいい。

 このハワードのときにイラク戦争(2003年3月)が起きている。本当はイラク侵略戦争と呼ぶべきだ。
それでアメリカを支援する動きで、全く小泉と同じように動いた。 だから、2014年の今は、オーストラリアの中曽根であるところのジョン・ハワードがアボットをけしかけて、中国やロシアたたきをやれと言われてアボットが今、動いている。これが現在のオーストラリア政治だ。

 それでもオーストラリアにも、さらに右翼みたいなのがいまして、ワン・ネーション・パーティ(One Nation)というのがいたん。ところがこの、白豪主義者、プロウ・ホワイト・オーストラリアン( White Australia Policy)というんだけれど、「白豪主義」と日本語に訳すけども、「ここは白人の国なんだ」と。「アジア人種はあんまりオーストラリアに入ってくるな」という考え方だ。これは明らかに人種差別で、極右主義者なんですが、それなりに切実さもある。私には彼ら白人優越主義者の感覚も理解できる。

 この 極右勢力との対立が、保守勢力内部であって。もう一つ国民党(National Party of Australia)というのがあって、これもちょっと右翼っぽいんですけども、これとの連立政権でようやく保守党政権をやっていた。

 やはり労働者の国ですから、オーストラリア労働党は強い。強いものだから、なかなか保守党が選挙で勝てないからアメリカが裏(うら)から手を回して、ジュリア・ギラードみたいな女を操って、ヒラリー系の女なんですが。アメリカでいえば民主党ですから、労働者と貧乏な人たちの党である中に、ヒラリー派をつくったということです。ギラードが内紛を起こして、結局ラッド派と激しい闘いをやって、今は野党になっているけれども、また出てくる可能性がある。まだ53歳ぐらいですから。

 もっとはっきり言うと、このギラードという女は……。ポール・キーティング(Paul John Keating)という首相がいたんです。ジョン・ハワード=オーストラリアの中曽根の前に。ポール・キーティングというのはなかなかいい男で、やっぱりしっかりしていました。

 1991年から1993年まで、ジョン・ハワードに追い落とされるまで3年間、首相をしています。この人に育てられて、ギラードは女の環境大臣とか ーーー――「大臣」と言ったらいけない。大臣というのは国王がいる国じゃないと大臣って使えない。イギリスや日本はいいけど、「長官」と訳さなきゃいけない。アメリカやフランスでは。ドイツでもーーーだから、女の環境長官みたいなことをして、自分の体で這い上がってきた女です。

 このギラードの、ウィキペディアの日本語の紹介文のところに、「私生活ではギラード政権を支える閣僚のクレイグ・エマーソン(Hon. Dr. Craig Emerson)と交際していた、と書いてあるんです。ずっと独身女だった。「しかし2006年からは不動産会社に勤務していた元美容師の男性と同棲している」と、はっきり書いています。

 正式な結婚はしていない。子供もいない。だから、しかし本当の本当は、ギラードはさっき言ったように、首相をしていたポール・キーティングの愛人だったんだ。 ウィキペディアの文は、目くらましの文章なんだ。英文でもそういう目くらましの文章で、ウソがたくさん書かれています。それがウィキペディアの文章として世界中に出回っている。 誰が、元美容師の不動産屋とと付き合うか。 キーティングが育てた女だというようなこと、そしてアメリカが奪い取った女だとはどこにも書いていない。しかし、副島隆彦ははっきり書きます。

 このキーティングの前に、ボブ・ホーク(Robert James Lee Hawke)首相がいました。これが1983年から1991年まで8年間です。これもオーストラリア労働党でいい男でした。だから、アメリカに逆らうんです。イギリスにも逆らいます。

 ロバート・”ボブ”・ホークとキーティングの時代は、オーストラリアの金持ち階級、すなわちアメリカとイギリスの金持ち経営者層の言うことをよく聞く自由党勢力、つまりオーストラリア保守党勢力は野党だ。アメリカの大企業がオーストラリアを裏から支配している。このことも、公然たる秘密だ。

 もっとはっきり書くと、ジョン・ハワードというのは、デイヴィッド・ロックフェラー(David Rockefeller, Sr.)の直接の子分だ、と英語圏世界でははっきり言われています。この悪(ワル)に、今のオーストラリアは支配されている。

 アボットみたいな、彼はクロコダイル・ダンディですから、下からはい上がってきた”頭の軽い人間”でも、保守勢力の保守党の首相になっている。

 オーストラリアでは「アウトバック」 outback という言葉が使われます。このアウトバックというのは「民衆」という意味なんだけど、下からはい上がってきたやつというか、本当の泥臭い民衆のことをアウトバックといいます。これはアメリカ英語でも使います。まあ、ダウン・アンダーなんですけど、差別用語でいえばね。

「ワンカー(wanker)」なんていう、もっと汚い言葉もあります。マスターベーターみたいな意味です。オーストラリア人をヨーロッパやアメリカ人が差別して使うときは、「チョン公」というような意味で、このワンカーと使います。あんまり言っちゃいけない言葉だけど。

 ですから、このボブ・ホークやポール・キーティングより一つ前にゴフ・ホイットラム(Edward Gough Whitlam)という首相がいました。この人からやっぱり戦後のオーストラリア政治は語るべきかもしれない。このホイットラム首相が偉かったんです。ほんとに偉い男だったんです。これがオーストラリアの田中角栄です。

 1972年の12月から1974年まで首相していました。ホイットラムもアジア人と仲よくする政策ということを打ち出して、イギリス及びアメリカから自立していこう、という、非常にすばらしい独立路線をとっていた。

 このホットラムの時代の話をたくさんしなきゃいけないんだけど。まさしく田中角栄なんです。このホイットラムの闘い方に関しては、今日はあんまり話しません。そのうちやります。全く田中角栄と同じ時代の角栄と同じような自立戦略をとろうとした人です。

 それでこれも、謀略政治ですけども、そのホイットラムが予算審議で予算を通せないということになってしまった。そのとき一生懸命ホイットラムを攻撃したのがマルコム・フレーザー(John Malcolm Fraser)という男です。

 このフレーザーも悪(ワル)で、これがオーストラリアの自由党、保守勢力の党首で、わいわいと議会の中で足を引っ張って大騒ぎになって議会が機能しなくなった。そのときに、ジョン・カー(John Robert Kerr)という、ガヴァバナー(Governor-General of Australia )というのがオーストラリアにはいて、これがホイットラム首相を罷免してしまうんです。これはオーストラリアの憲法でそういうふうに決まっている。

このジョン・カーという、「ガバナー」とは何か。「ジェネラル・ガバナー」とは何ぞやといえば「植民地総督」のことだ。イギリス女王陛下の直属の代理人(代官様)ということです。イギリスというのは、憲法体制上、まだ今でも植民地というか、コモンウェルス Commonwealth と言うのですが、このコモンウェルスを、本当は、大英帝国(だいえいていこく)と訳すのです。The Commonwealth of Nations といいます。これを「英連邦」と訳す。その元首、ソブリンは、今もエリザベス女王だ。

 だからオーストラリアもカナダもどんな田舎の町に行っても、公民館のようなタウンミーティングをやる建物の中には、この女王陛下の肖像が飾ってあります。それで、イギリスから直接任命されるから、天皇陛下の代理人みたいなもので、こいつにホイットラムは首を切られた、罷免された。

 それでもって、そのマルコム・フレーザーというワルが、このアメリカの手先が、次の首相を3年ぐらいやります。1975年から1983年だから、8年間くらいフレーザーがやっていました。

その後がボブ・ホーク、ポール・キーティングと労働党の政権が二つつながって、それからジョン・ハワードです。

 ですから、このホイットラムが田中角栄なんだけれども、角栄と全く同じ1972年からだから、このときにはもうさっさとベトナム戦争に出していたオーストラリアの兵隊を撤退させよう、国に帰そうと。アメリカなんかといつまでもつき合っていられないんだという、そういう政策をとるわけです。

 それがオーストラリア人の中の労働者階級の人々の考えで、グローバリズムに反対するんです。だからホイットラムが偉かったんですね。今年2014年に、ホイットラムは死んでますね。98歳で死んでいる。

 大きな流れで見たらこういうことです。だから私はオーストラリアの政治はわかる。急いで、もっと早く、日本国民に世界の大きな真実を教えなくては、と、私、副島隆彦は思うようになった。私の人生時間に限りが出てきた。

 そして、このときです、私がはっと、このページは、初めて見たウィキペディアなんですけど、このウィキペディアっていうのは本当に悪いやつらで、アメリカCIAが運営している。日本語版をつくっているのは電通と共同通信や時事通信だ。そこの記者たちが、いや職員たちが、英語やフランス語やそれぞれ言語ができる連中が別個に密かに雇われていて、簡潔な日本語の翻訳版をつくっているわけだ。

 私はウィキペディアとの正面激突戦をこれからやります。この場合に、結局そのニューズの価値、本当に真実を書いているかどうか、という闘いになるわけで、私はウィキペディアを食い破っていこうと思っている。こいつらが書いている表面のことの、その裏側の大きな真実を日本国民に伝えていく、という、激しい決意を持っている。

 そのためには、ウィキペディアは、恐らく今から5~6年前からこういう各国の政治記事も、指導者たちのこともどんどん写真つきで載せているわけだから、それを使いながらさらに裏の真実を、大きな鉄の棒一本、柱を通すように、副島隆彦が皆さんにお伝えします。

 あともう一人、戦後すぐの1945年の敗戦後は、ロバート・メンジーズ(Sir Robert Gordon Menzies)という男がいて、これは「サー」ですから、つまり貴族です。こういうのが首相をずっとやっていました。こいつが1939年から1941年、戦争が始まる前の3年間もこのロバート・メンジーズがやっていまして、そして戦後、世界中が労働者寄り、左翼的になるのですが(イギリスでもチャーチルが負けた)、そのあと、また1949年から1966年までですから、長いですね。 17年間ぐらいは、このロバート・メンジーズ が自由党の党首で首相です。これが日本の吉田茂です。上記の表にある通り、第10次内閣までやっています。

 このロバート・メンジーズが吉田茂。 田中角栄がホイットラム。ジョン・ハワードが中曽根、かつ、小泉であり安倍であるということです。これで今回は、終わりにしておきます。 分かった? 

副島隆彦拝

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