「1366」書評:前泊博盛・編著『本当は憲法より大切な 日米地位協定入門』(創元社)を読む。ジャパン・ハンドラーズと外務官僚が威張れるのも日米安保と地位協定があるからだ。2013年3月8日
 副島隆彦を囲む会の中田安彦(アルルの男・ヒロシ)です。

 今日は2013年3月8日です。

 安倍晋三政権が、TPPの交渉参加に向けて暴走している。TPP(環太平洋戦略連携協定)とは、英語でTrans Pacific Strategic Partnershipと言う。しかし、場合によっては、Trans Pacific Partnership Agreement(TPPA)とも表記するものもある。ここで重要なのは、TPPがアグリーメントという条約一歩手前の協定というものであることだ。

 実は、日米関係だけではないが、日本の国内政治は、そのような各種のアグリーメントによって制約を受けている。日本国憲法においては、98条第2項に「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」と書いてある。国内法よりも上位概念が条約や国際法規ということを憲法で規定している。だから、憲法以外の国内法は条約などの下に存在する。日本国が締結した条約に違反する法律というものは存在しないという解釈になっているようだ。だから、日本がTPPに参加するかどうかということは重大な問題になる。

 TPPにはISDS(投資家―国家紛争裁定手続き)という条項がある。アメリカは韓国とFTAを近年結び、これは両国の国会で昨年に批准されて発効しているが、この中では米国法は、米韓FTAの取り決めに優先するが、韓国国内法は米韓FTAに拘束されるという不平等条項が存在している。日本では憲法98条があるので、FTAに「特別の定め」を規定しても、TPPや各種FTAに対して日本国内法が優先するかどうかは疑わしい。

 仮に条約の一種であるTPPを国会が批准すれば、米国法はTPPに束縛を受けないが、他の参加国の国内法はTPPに束縛されるという実態が生まれないという保障はない。だから、国内法で議論できるはずの農業の自由化(関税の撤廃や縮小はTPPでなくともできる)とか、規制緩和というものを国際条約であるTPPに結びつけることに本来何の合理性もない。あるのはTPPによって利益を得る米国を中心とする多国籍企業の合理的選択である。

 TPPと同様に日本の国家戦略である外交安全保障とエネルギー政策の選択肢を狭めているのが、日米安保条約に基づく日米地位協定や、日米原子力協定である。この二つの協定は外交安保・エネルギー政策を考える上で極めて重要なものである。ともに外務省が所管しており、地位協定は条約局(現・国際法局)日米安全保障課と、外務省・国際原子力協力室が窓口になって、米国側のカウンターパートと交渉することになっている。

 日米原子力協定についてはいずれ他の本の書評をする際に触れたいが、要するにこの協定が現在の形になっているために、日本は使用済み核燃料の再処理をしなければ、アメリカから睨まれるという事になっているのである。だから、日本国内でいかに原子力政策を議論しようとしても、この協定があるために、何も変わらないのだ。

 同じように、日米地位協定というものが、日米の不平等の根底にある。日本はアメリカの属国であるということを具体的に規定しているのが、日米安全保障条約に基づく、この日米地位協定なのだ。

 この地位協定は、英語では、U.S. - Japan Status of Forces Agreement、SOFAと表記する。正式名称は、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」となっている。



 今回取り上げる本は、この2月26日に発刊された『本当は憲法より大切な 日米地位協定入門』(創元社)という本だ。著者は、前泊博盛(まえどまりひろもり)・沖縄国際大学大学院教授、明田川融(あけたがわとおる)・法政大学非常勤講師、石山永一郎・共同通信編集委員、矢部宏治(やべこうじ)・書籍情報者代表の4人である。



 この内、代表編著者である前泊は、沖縄の「琉球新報」元論説委員長であり、新聞社時代に2004年に「地位協定取材班」として、石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム賞を受賞している。沖縄の米軍基地に関する著書が複数ある。

 この本は、前泊らの琉球新報の日米地位協定取材班が、04年に大スクープした外務省の機密文書である『日米地位協定の考え方・増補版』(高文研)を解説した入門書と言って良い。

 『考え方』は機密文書そのままの刊行であり、これと同時に『日米不平等の源流』(高文研)という「琉球新報」の特集記事をまとめ直した解説書が出ている。『日米地位協定入門』は、これらの前泊の過去の取材に加え、新たに米軍の機密指定解除文書の研究者である、末浪靖司氏(元「しんぶん赤旗」論説委員)や新原昭治氏らの研究成果を盛り込んでいる。

 なお、石山永一郎は、「沖縄はゆすりとたかりの名人」という、あのケビン・メア米国務省元日本部長の問題発言をスクープした共同通信記者である。

 この本を読んで私は一つの重要なことに気付いた。それは、マイケル・グリーンやリチャード・アーミテージのようなジャパン・ハンドラーズと、外務官僚が威張っていられるのも、彼らが別に偉いわけではなく、戦後日本をアメリカが管理する大きな枠組として「日米地位協定」がいまも1960年以来変わらずに存在しているからだということだ。

 逆に言えば、この日米地位協定を改定することに成功すれば、日本がアメリカの属国ではなくなる、ということである。日本はアメリカの属国であるという評価は、もはや日本では当たり前のものになっている。これが副島隆彦が『属国・日本論』(五月書房)を書いた95年に比べれば大きな認識における進歩だろう。

 しかし、なぜ日本がアメリカの属国であるのかという点について理論的に説明した研究はこれまでなかったと思う。それを行ったのが前泊らの『日米地位協定入門』であり、彼らが参照した末浪靖司の『対米従属の起源』(高文研・2012年)などである。

 だから、属国である日本を「正常な国」にするためには、ジャパン・ハンドラーズたちの動向や企みに注意すると同時に、日米地位協定に代表される、日米の安全保障をめぐる占領時代の名残を引きずった「不平等条約」の本質を見抜いていく必要がある、ということだ。

 そのことが、この『日米地位協定入門』の中でも次のように高らかに宣言されている。

(引用開始)

 現在の世界において超大国が他国を支配する最大の武器は、軍事力ではなく法律だからです。日本がなぜアメリカに対してこれほど従属的な立場に立たされているかというのも、条約や協定をはじめとする法的な枠組みによって、がんじがらめに縛られているからなのです。

『日米地位協定入門』(90ページ)
(引用終わり)

 この文章は極めて重要である。戦後の日米関係の大きな秘密がこの数行の文章によって全て表現されている。私たちはずっと重要なことを教えられて来なかった。

 日本国憲法については学校でも教えるが、日米安保条約や日米地位協定を学校の社会課で教えない。高校でも教えないし、大学でも専門に教える授業はない。憲法の授業では、日米地位協定絡みの「判例」として砂川事件の伊達判決というものが出てくる。これを日本の大学生は「統治行為論」の代表として暗記するだけで終わっている。その意味を知らされることはない。日米安保について憲法の授業で触れるにしても、それは腫れ物に触れるかのように扱われる。

 属国であるということは、すなわち「不平等条約を背負わされていること」であるということが本書『日米地位協定入門』を読むとよく分かる。

 この本は、日米地位協定という不平等条約についての解説書である。本書は高校生や大学生でも理解しうるように、「一問一答形式」で書かれている。地位協定の誕生の背景だけではなく、個別具体的な協定の内容、運用する米軍や外務官僚の思惑についても、本土や沖縄の様々な米軍絡みの事件についてあげながら解説をしている。

 そして、前泊らはあえて「本当は憲法より大切な」ということを本の題名につけている。これは、実際に、最高裁の判例では日米安保条約が憲法よりも上にあることにされてしまっているからだという。

 日本において、日本がサンフランシスコ講和条約で独立を回復しているというのに、なぜか日本はアメリカの属国であり続けている。なぜかといえば、法制度がそうなっているからだ。

 私達もよく知っている通り、吉田茂首相は、1951年9月8日に講和条約を結んだ直後に、カルフォルニア州のプレシィディオ基地に連れて行かれて、米側の代表団が複数いたにもかかわらず、一人で日米安保条約(旧安保条約)を結ばされている。

 本書では、その時の様子を三浦洋一という研究者の『吉田茂とサンフランシスコ講和』という本から引用する形で詳しく紹介している。重要なのは、吉田らに安保条約の英文が渡され、それを和文にしたのが、なんと安保締結の前日から当日にかけてということだ。その点が『日米地位協定入門』では三浦陽一の著作から引用する形で次のように説明されている。

 (引用開始)

 9月7日、吉田[首相]の20分あまりの[講和条約の]受諾演説が終わった後、議事規則にしたがって最終討論になった。夜11時まで発言が許された。(略)夜11時ごろ、日本の事務局が議場を出ようとした時のことである。シーボルト[駐日政治顧問]がやってきて、安保条約の調印は明日[8日]の午後、講和条約の調印式のあとにすませたいと告げた。もう少し時間に余裕があると思っていた日本側はあわてて、深夜にさっそく吉田のもとに知らせた。事務局はホテルにもどって、安保の日本語文を作成し始めた。安保条約の英文はできていたが、機密保持のために和文はまだ存在せず、調印のための原本も用意されていなかったのである(『吉田茂とサンフランシスコ講和』大月書店)

『日米地位協定入門』(55ページ)
(引用終わり)

 なぜ、安保条約の調印が和文も存在しない間に告げられ、講和条約の調印後、サンフランシスコのはずれの米陸軍施設で午後5時から調印するということになったのかについても、説明がある。調印式の2時間前まで、安保条約の和文は存在しなかったという。

(引用開始)

 ですから、サンフランシスコ講和条約が豪華なオペラハウスで、48カ国の代表との間で華々しく調印されたのに対し、日米安保条約はどこで結ぶのか、いつ結ぶのか、最後の最後まで日本側は教えてもらえませんでした。あまりにアメリカにとって有利な特権を認める条約であること、逆に日本にとって売国的な条約であることが、アメリカ側にはよくわかっていたのです。そのため先に述べたようにダレス自身が、ソ連などからだけでなく、イギリスなどの西側諸国からも妨害が入ることを警戒していたのです。

『日米地位協定入門』(44ページ)
(引用終わり)

 この安保条約の売国的な内容とは、ダレスの言葉にある、「われわれの望む数の兵力を、望む場所に、望む期間だけ駐留させる権利を確保する」という内容で、このことをロックフェラー財団の理事でもあった、ジョン・フォスター・ダレス国務長官は、1951年1月26日の米側スタッフ会議で、これが日米安保の最大の目的であると述べている。

 そして、講和条約や安保条約と同時に発効したのが、日米地位協定の前身である日米行政協定だったという。この3つが1952年4月28日に発効する。この日が「主権回復の日」ということになっており、安倍晋三首相は、記念式典を行うつもりらしいが、この日はまた同時に日本が本格的なアメリカの属国となった日でもある。だから主権回復は名目だけ、日本はこの日から今に至るまで、アメリカの属国となった。

 その属国という性格を法的に裏付けているのが、日米安保条約であり、日米行政協定である。行政協定は名前は地位協定に変わっているが、他の安保条約に比べても格別に従属的な内容となっている。

 前泊らは、戦後体制は、この「講和条約―安保条約―行政協定」という三重構造であると喝破(かっぱ)している。一般的には講和条約が一番重要であるとされるが、実際は細々とした内容である行政協定が日本をがんじがらめに縛っているとする。この指摘を行ったのは、孫崎享の『戦後史の正体』でも登場した、愛国派の外務官僚(この場合には反吉田茂派)の寺崎太郎(昭和天皇の御用掛である寺崎英成の兄)である。

 日米安保と日米行政協定は、1952年以来、、「われわれの望む数の兵力を、望む場所に、望む期間だけ駐留させる権利を確保する」という目的を実現することを可能にするために存在し続けた。別の言い方で、「日本全土を米軍の『潜在的基地(ポテンシャルベース)』にすること」とも述べられている。

 安保条約と地位協定によって、日本国政府(外務省)はアメリカが基地を快適に使用できるように、あらゆる種類の配慮を行って来ることを強いられてきた。オスプレイが日本国中をどこでも飛び回れるのも、米軍犯罪や米軍事故については摘発や検証しづらいのも、すべてこの地位協定があるからであるという。

 例えば、地位協定の本文には、具体的な基地の名前や提供する期間といった具体的な内容は全く書かれていない。しかしながら、これは異様なことで、1947年に結ばれたアメリカとフィリピンの軍事基地協定には、クラークとスビックの空軍・海軍基地や、23の拠点がフィリピン国内で使用できるとして明記してあった。また、同じ敗戦国であるイタリアやドイツ、それから「準戦時国家」である韓国との地位協定の内容も紹介されており、例えばイタリアでは米軍は軍事訓練や演習を行う場合には必ずイタリア政府・軍の許可を得る必要が規定されているという。

 日米地位協定は、米軍によってGHQに習ったスタイルで占領を受けたイラク戦争後のイラクとの間で米軍が結んだ地位協定よりもひどい内容であるという指摘もある。イラクは日米地位協定を反面教師にアメリカとの交渉に臨んで、2011年に米軍の完全撤退を勝ち取った。

 日米地位協定は28条まであるが、前泊氏らは、本書の中で地位協定の問題点を5つに分類している。

①米軍や米兵が優位に扱われる「法のもとの不平等」
②環境保護規定がなく、いくら有害物質を垂れ流しても罰せられない協定の不備など「法の空白」
③米軍の勝手な運用を可能にする「恣意的な運用」
④協定で決められていることも守られない「免法特権」
⑤米軍には日本の法律が適用されない「治外法権」(以上、『日米地位協定入門』75ページ)

 この中で一番わかり易いのは、5番目の治外法権である。米軍には日本の法律が適用されないということは、米軍に対しては日本の法律が「適用除外」(てきようじょがい)になるということと同じである。

 その最たる例が、新型ヘリ輸送機のオスプレイの沖縄だけではない日本全土における「低空飛行訓練」である。ここでは、日本の航空法を米軍機には適用しないということを意味する。オスプレイは高度60メートルでの訓練が想定されている。日本の航空法と国土交通省令では、人口密集地では「もっとも高い障害物の上から300メートル」、それ以外では「地面や建物などから150メートル」が最低安全高度ということになっているという。

 ところが、「日米地位協定と国連軍地位協定の実施に伴う航空法の特例に関する法律」(1952年7月15日施行)という法律があって、この航空法の高度制限が米軍機の訓練には適用されないことになっている。

 また、オスプレイは沖縄の普天間基地や山口の岩国基地に配備されているが、今月に入ってから沖縄だけではなく、日本全土で飛行訓練を開始している。去年から、沖縄を含めて日本列島全土で6つの訓練ルートが指定されているが、それ以外の場所もオスプレイなど米軍機は自由に飛び回ることができることになっている。訓練ルートに指定されていない地域の上空も、基地間移動の名目をつけて米軍機は飛んでいるのだという。

 このように、米軍の訓練に不都合が生じれば、旧安保条約第1条の「極東における国際平和と安全の維持に寄与し、ならびに(略)外部からの武力攻撃に対する日本国の安全に寄与」という目的のために、都合が良くなるように、日本の法律を変えて適用除外を行うことになっている。

 諸外国ではありえない譲歩を行うことが安保条約や地位協定によって定められていることになる。

 その他の地位協定の規定として重要なのは、日本国内のどこにでも墜落した米軍機の事故に対する検証を不可能にしているという点である。それは、米軍が「米軍の財産」についての捜索や差押え、検証は、米軍の同意を必要とすることが、「日米地位協定の実施に伴う刑事特別法」によって定められていたことによる。さらに、別の密約(合意文書)によって、米軍機が基地外で墜落事故を起こした場合でも、米軍関係者は、日本側の事前の承認なしに、公有・私有の財産に立ち入ることが許される(1953年に結ばれた52項目の合意文書のなかの第20項「合衆国軍用機の事故現場における措置」)というこも発覚したという。

 この密約が、2004年8月に沖縄国際大学の敷地内に米軍ヘリが墜落したときも、アメリカ軍が日本側の立ち入りを拒否し続けた背景になっている。この『日米地位協定入門』を読んでいくと、オスプレイが日本国中を関係する自治体の合意を得ずに自由に飛行訓練できることや、事故現場への日本側の立ち入りができないことだけではなく、それ以外の「不条理」もすべて、日米地位協定やそれに関連する密約とその運用にあるということがわかってくる。

 外務省は「密約」にがんじがらめに縛られている、ということだ。このことを私は嫌というほど認識させられた。密約というのは、沖縄返還にともなう核密約だけではない。もっとも重要な部分での密約がいくつも存在するのだろう。

 私はここではこれ以上、日米地位協定の逐条について詳しく述べない。興味がある人は『日米地位協定入門』や琉球新報の『日米不平等の起源』に項目別に整理してある。

 私がここでどうしても述べなければならないことは、日米地位協定というのは規定を運用する外務官僚(行政)だけではなく、日本の「司法」をも縛っているということである。このことは末浪靖司(すえなみやすじ)氏の『対米従属の起源』などで詳しく暴露されていたのだが、前泊氏らもこの本や新原昭治の米機密解除文書の研究から言及している。『日米地位協定入門』の中で執筆者の一人である矢部宏治氏は唐突に次のように書いている。

(引用開始)

 いまから5年前に発見され、昨年も重要な発見がつづいて証明されたその秘密とは

「日本は法治国家ではない」

 というみもふたもない事実です。(略)

 われわれ国民は「法律」を犯せば、すぐにつかまったり、罰せられたりしています。しかし、その一方、日本では国家権力の行使を制限すべき「憲法」が、まったく機能していないのです。ですから「法治国家ではない」というのです。

『日米地位協定入門』(238ページ)
(引用終わり)

 この「日本は法治国家ではない」ということは上の新原と末浪の両氏によって「証明された事実である」と矢部氏は書いている。それはどういうことかといえば、次のような意味であるという。

(引用開始)

 なにしろ米軍基地をめぐる最高裁での審理において、最高検察庁がアメリカの国務長官の指示通りの最終弁論を行ない、最高裁長官は大法廷での評議の内容を細かく駐日アメリカ大使に報告したあげく、アメリカ国務省の考えた筋書きにそって判決を下したことが、アメリカ側の公文書によって明らかになっているのです。

『日米地位協定入門』(239ページ)
(引用終わり)

 要するに、米軍基地をめぐる裁判において、日本の最高裁は米軍基地に関することは「アバブ・ザ・ラー」(雲の上の存在)に等しいと日本の最高裁がアメリカの指示によって決めたということである。

 その裁判とは、具体的には、砂川裁判(1959年)である。1957年に米軍立川基地の拡張工事をめぐって、反対派のデモ隊が米軍基地の敷地内に数メートル入ったことを理由に、刑事特別法違反で7人が逮捕された事件の裁判である。

 この事件の一審で東京地裁の伊達秋雄裁判長が、「在日米軍は憲法第九条2項違反で持たないことを決めた『戦力』に該当するために、駐留を認めることは違憲であり、したがって刑事特別法の適用は不合理」として、被告全員を無罪にした。

 これが憲法の授業でも取り上げられる有名な「伊達判決(だてはんけつ)」だが、大学ではこの判例が最高裁で覆されてしまったことだけを学ぶ。その時に最高裁が出した判例が「統治行為論(とうちこういろん)」の事例であるとされる。この統治行為論に反対すると、何やら左翼か過激派であるかのように認定される。

 ただし、大学ではそれだけしか学ばせないので、私はこの最高裁判例がアメリカからの強い圧力によって出させられたことを、末浪氏の本を去年読むまで、全然知らなかった。その時、私は野田政権の衆院解散についてのアメリカの指示についての具体的な証拠を探すために、竹崎博允(たけざききひろのぶ)・現最高裁長官の去年10月末の訪米について詳しく調べていた。

 さて、『日米地位協定入門』では、この伊達判決への介入とその工作対象となった田中耕太郎(たなかこうたろう)・最高裁長官について詳しく時系列にそって書かれている。これらは機密解除された外交文書からわかったという。


田中耕太郎・最高裁長官

(1)伊達判決(1959年3月30日)の翌日に、マッカーサー駐日大使(GHQ司令官の甥)が朝の八時に日本の外務大臣と会談し、9時から行われる閣議での指示を具体的に行なっていた。

(2)マッカーサー大使が岸政権の藤山愛一郎外相に対して行った、その具体的な指示とは高裁を飛ばしていきなり最高裁に上告する「跳躍上告(ちょうやくじょうこく)」という、年内決着を行わせるものだった。

(3)伊達判決の10年前から米国の工作対象になっていた当時の田中耕太郎・最高裁長官(カトリック、宮中人脈がある)に対して、「法律書の寄付」をロックフェラー財団が行ったことを口実に工作が始まっており、強固な人脈が築かれていった。

(4)その結果、最高裁が判決内容をアメリカの要望を踏まえて決定された。最高検察庁も米国務長官の指示通りの最終弁論を組み立てた。

(5)最高裁の一審判決破棄は「地裁には米軍駐留の合憲性を裁定する権限はない」「米軍駐留は合憲である」「安保条約は憲法より優位・上位にある」ことであり、これらはアメリカ側に事前に伝えられていた。

 以上の経緯で伊達判決が破棄されて、アメリカの意をくんだ形で最高裁判決が出された。日本の立法行政司法の三権はすべてアメリカのコントロールにあることをこの最高裁判決は決定づけたことになる。憲法学者が「統治行為論」と呼ぶこの判決は、「日本はアメリカの属国であるから、アメリカが方の上の存在、アバブ・ザ・ラーである」ということを具体的に認めた判決になった。

 以後は、この際高裁判決にある「高度に政治性を持つ」という言葉は日米安保条約にかかる枕詞(まくらことば)となった。だから、宮中に近い、田中耕太郎・最高裁長官が日本の戦後の司法制度を生まれた直後に殺したことになる。

 しかも、ここで極めて、恐ろしく、重要なのはこの『日米地位協定入門』において、伊達判決が出る7年前の1952年に、「最高裁事務総局」が、「日米行政協定に伴う民事および刑事特別法関係資料」という資料集(裏マニュアル)を作成しているという事実が書かれていることだ。(153ページ)

 最高裁事務総局(さいこうさいじむそうきょく)というの部署の名前は小沢一郎・民主党元代表に対する強制起訴を議決した検察審査会について知識が有る人ならすぐにピンとくるはずだ。小沢を強制起訴した検察審査会という恐ろしい組織は、最高裁事務総局の下にある。最高裁事務総局は、裁判官の人事、予算、給与、転勤などの生殺与奪権を握る人事面での管理を行う他、検察審査会も傘下においているのだ。

 小沢事件では検察審査会の議決には議事録もろくに存在しないことや、そもそも本当に審査員が参加して、議決が行われたのか、特捜の検察官による誘導があったのではないかなど、疑惑ばかりが浮上している。(詳しくは『最高裁の罠』山崎行太郎・志岐武彦・著)

 小沢一郎に対する攻撃は、麻生政権の森英介法務大臣による指揮権発動によってスタートした西松建設事件による小沢の秘書逮捕(2009年3月3日)から始まったが実働部隊は、占領軍が占領時に作った組織から出発している「東京地検特捜部」である。何のことはない、最高裁から最高検といった司法と行政に2権は日本が講和を結んだ後もアメリカによって大きく支配されていたということである。

 このことが、伊達判決や小沢事件のウラで暗躍する「最高裁事務捜査局」の名前からわかってくる。

 そして、田中耕太郎・最高裁長官に対しては米国務省だけではなく、ジョン・D・ロックフェラー3世もまた、「法律書の寄付」という役割でコントロールを行なっている。そして重要なのは、現在の最高裁長官である竹崎博允が、去年、訪米して母校であるコロンビア大学を訪問したほか、日本国内においてもジェラルド・カーティス(コロンビア大学教授)と面談しているという事実だ。この事実は平野貞夫氏が明らかにしている。田中耕太郎のような動きをしている竹崎最高裁長官は罷免されるべき裁判官の筆頭にあげられる。

 去年11月16日の突然の衆院解散は、アメリカのTPP交渉参加を目指す圧力によって、無理やり野田佳彦首相にアメリカから押し付けられたものである。負けることがわかっている選挙はなんとか先延ばしにするのが政権与党の党首の責任である。そのような解散をしなければならなかったのは別の合理性に基づく理由がある。アメリカが小沢一派を抹殺するように指示したのだ。だから、行政と司法はグルである。日米を正常な普通の関係にしようした鳩山・小沢政権潰しが民主党政権の2010年6月以降の実態であった。

 解散をする半月前に最高裁長官が訪米したことや、解散の無効を訴える差し止め訴訟が次々と提訴されたが、最高裁は門前払いにしている。衆院解散も憲法判断の対象にしないという判例は「苫米地(とまべち)事件」(1960年)に出されている。

 この時の最高裁長官もやはり、田中耕太郎であり、統治行為論を根拠にしている。官僚だけではなく最高裁長官もまた司法官僚としてアメリカの「アバ・ブ・ザ・ラ―」を保証している。

 日米安保条約や日米行政協定の合憲性を田中耕太郎・最高裁長官が保証した後、日本の法体系は日本国憲法の上に日米安保条約など各種条約が位置してしまうといういびつな「違憲」な状態が続いている。

 だから、TPPなどについても憲法に違反しているので守らなくてもいい、というロジックは通用しなくなっているのだろう。

 そのような経緯で日米行政協定から日米地位協定への衣替えが1960年に行われたが、実態は全く変わっていないというのが、『日米地位協定入門』の解説であり、条文の比較なども細かく行われている。確かに条文が緩和されている部分もあるのだが、その場合には日米密約によって行政協定の時のままの不平等性、アメリカへの配慮が優先されていることも説明がある。

 前泊氏がかつて著者に加わった琉球新報の『日米不平等の起源』の中で、この日米地位協定の運用における外務省の対米配慮が実に巧みに解説されている。それが、本間浩・法政大学教授が「琉球新報」へのインタビューで述べている内容である。



 外務省が、機密部署として、『日米地位協定の考え方』をまとめていることはすでに紹介した。この『考え方』は現在のものは「増補版」となっており、書店で販売されているのもこちらの版である。これに基づいて、外務省は「地位協定」を運用している。いわば「考え方」はその「裏マニュアル」である。この「増補版」について、本間浩教授は次のように述べている。

(引用開始)

「増補版」の性格を知る上でポイントが二つある。本来、条文にきちんと盛り込むべき事案を、解釈で済ませている点。これがまず問題だ。空域に関する排他的、絶対的使用権すら解釈で可能にするのでは、米軍に対する歯止めがなくなり、条約に意味がなくなる。

 二つ目が、「増補版」の解釈で出てくる「合理的判断」。規定のない演習空域を、解釈で「合理的に判断」しおて、米軍が使えるように配慮している。「増補版」で「合理的判断」と出てくる時は、米軍優位の解釈、判断をする場合だ。

琉球新報『日米不平等の起源』(247ページ)
(引用終わり)

 この本間浩の発言は『日米地位協定入門』には収録されていないのだが、極めて重要である。アメリカに従属することを、「合理的選択」として外務官僚が行なっていると述べているからだ。

 私は今年のはじめに、日米関係や属国論はすべて合理的選択論を使うことで分析しなければならない、と宣言している。外務官僚(この『考え方』を書いたのは、丹波實(たんばみのる)・元条約局長)は、合理的な選択として、対米従属を行なっていたことがこれで「証明」されたことになる。

 外務官僚が「解釈」するという点が重要なのだ。

 日米地位協定に関わる事柄についての対米協議の場が、「日米合同委員会」(日米地位協定25条で規定)である。日米合同委員会は、この本では、「密約製造マシーン」と呼ばれている。開催場所は、日米持ち回りで行われており、南麻布の米軍施設・ニューサンノー(山王)ホテルなどで開催されている。

 このニュー山王ホテルは都心一等地にある米軍施設である。アメリカ海軍横須賀基地司令部が管理している。日本人は勿論、アメリカ人であっても軍と無関係の民間人は、原則として立ち入ることは不可能であるという。ここで「毎月二回」という非常に頻繁なペースで日米合同委員会が開催され、日本側からは外務省北米局長(現在は伊原純一)、米軍からは在日米軍副司令官(現在はアンドリュー・オドネル少将)らが出席している。


出典:「TOKYOビル景」

 合同委員会は、合意内容は公表されるが議事録は公表されない。当然、密約も公開されない。公開されないから密約という。

 なお、『日米地位協定入門』では、安保関係を経済の部分までに発展させたのがTPPではないかとしている。知られている通り、日米安保条約第2条には「経済協力条項」(「締約国は、その国際経済政策におけるくい違いを除くことに努め、また、両国の間の経済的協力を促進」)がある。この日米安保条約とTPPを結びつける読みはおそらく当たっているだろう。私の読みでは、日米安保条約という一つ次の条約、日米地位協定と日米原子力協定の二つが戦後日本をアメリカが管理してきた3つの条規ではないかと思う。

 外務官僚、とりわけ条約局日米安全保障課の課員は日米合同委員会で米側から申し伝えられたことを、合法的なものとして解釈するのが仕事だろう。その解釈を可能にしているのが、日米安保や日米地位協定などの日米合意文書に公式の「日本語版」を存在させないというテクニックであることを、矢部宏治氏は指摘する。

 私は日本は法治国家ではなく、外務官僚は前近代的な「律令官僚」一種だと考えていたので、「条文の解釈権」を権力の源泉にしていると思っていたのだが、実際にそのような事実が存在するということを知ってびっくりしたと同時に、妙に納得している。次のように解説されている。

(引用開始)

 ここに、戦後の日米関係をつらぬく大問題があるのです。というのも現在、日本で結ばれる安全保障上の重要なとり決めの多くが、英語だけで正文が作られ、日本語の条文は「仮訳(かりやく)」という形になっています。2005年の小泉内閣の「日米同盟:未来のための変革と再編」もそうですし、2010年の鳩山内閣の「普天間問題に関する日米共同声明」もそうでした。

 そのことの意味は、ふたつあります。右のケースで見たような場合、「正文」を変更して国民をだませば「犯罪」になりますが、ウソの条文を作っても、仮訳なら「誤訳だった」といってごまかすことができる。これがひとつ。

 もうひとつは、日本語の正文(せいぶん)が存在しなければ、その条文の「解釈権」が永遠に外務官僚の手に残されるということです。

『日米地位協定入門』(97ページ)
(引用終わり)

 このように、外務官僚の権力の源泉が、安保条約、地位協定、はては講和条約に至るまでのすべての英文しか正文が存在しない条文を、その都度、外務官僚にとって合理的に解釈するところにあることがいよいよ明確になった。合理的というのは、先ほど述べたように「米軍にとって利益になるようにする」ということである。仮訳といつも書いてあるが、何時まで経っても「本訳」にならないのでどういうことだろうと思っていたのだが、そもそも仮訳のままにすることに外務省の合理性があったのである。

 「日米合同委員会」で密約を作ることが、アメリカ軍の日本における駐留の便宜を図るという売国奴的行為が外務官僚の今日までの権力の源泉であったからである。そうである以上、外務官僚のもつ「含み権力」(廣瀬哲雄氏のいう官僚の権力を含み益だとみなした場合の言い方)は、アメリカ軍基地の数、米軍の軍事訓練の数、ひいては日本に配備される米軍兵士やオスプレイの数に明確に、忠実に、比例するのである。

 なお、在日米大使館に掲載されている「年次改革要望書」もすべて原文は英文しかなく、和文は仮訳である。きっとTPPの文書も日本語訳は作成されても外務官僚による仮訳だろう。これも解釈の余地を残すために仮訳になっている。

 日米合同委員会において、ジャパン・ハンドラーズと日本側カウンターパートの間の「密約」というものが生まれ続けることが、彼ら日米の安全保障官僚たちの最大の「権力の源泉」になっている。だから日本とアメリカの関係は、世界における他の国とアメリカとの関係とくらべても極めて特殊なものであるのだ。

 国民の代表者である政治家が、この日米外務官僚の密約を生み出す構造に敗れたのが、鳩山政権における普天間移設交渉の頓挫であり、WikiLeaksに赤裸々に描かれた外務官僚の鳩山政権の閣僚に対する裏切りである。前原誠司・沖縄担当大臣のようなアメリカの手先の政治家は外務官僚に加担して積極的にその破壊工作をやっていたことになる。 

 だから、日米地位協定を根本から見直すしかないのである。イラクにできたことが日本にできないわけがないはずである。

 この地位協定の第27条には「いずれの政府も、この協定のいずれの条についてもその改正をいつでも要請することができる。その場合には、両政府は、適当な経路を通じて交渉するものとする。」と書かれている。さらに安保条約10条には、「いずれの締約国も、他方の締約国に対しこの条約を終了させる意思を通告することができ、その場合には、この条約は、そのような通告が行なわれた後一年で終了する」と書かれてある。

 日本国の代表者は外務官僚ではなく、主権者である国民の選んだ政治家である。その政治家がこの地位協定の第27条を利用して来なかった。だからいままで日本はアメリカの属国で在り続けてきたのだ。安倍首相は「戦後レジームからの脱却」を目指して憲法や教育基本法を変えようとしており、橋下徹と石原慎太郎の「日本維新の会」も民主党の野田・前原らもこれに同調している。

 しかし、日米安保と地位協定という不平等条約を放置したまま、憲法を改正させることがアメリカのネオコン派の目的である。安倍晋三首相は自らの主張が「戦後レジーム」の一層の強化につながることに気づいていないようだ。
 
 このようなことを、私にすべて明らかにした『日米地位協定入門』はすごい本であった。

(以上)
  



 
 

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