「16」 闘うジャーナリスト、阿部重夫(あべしげお)氏が創刊した、期待できる情報誌「FACTA」誌に乗った、ブッシュ政権のイスラエル政策の転換の記事を載せます。
副島隆彦です。以下に載せるのは、新たに創刊された「FACTA」誌の中の記事です。 これぐらいの緩やかな観察的な、冷ややかに為される外からの評価と判断が、アメリカ政治分析としては秀逸だと思います。副島隆彦拝

(転載貼り付け始め)

2006年01月09日

「ブッシュ・ドクトリンは死んだ――対中東政策、ネオコンと距離を置き始める」

FACTA  2006.01.09

 「数年来、私はアリエル・シャロン首相を批判し続けてきましたが、今では彼の最大の支持者になりました」

 こう発言して全米のユダヤ人社会を驚かせたのは、世界ユダヤ人会議の会長をつとめるエドガー・ブロンフマン氏である。同氏はカナダの大手酒造メーカー「シーグラム」の創業者一族に属し、娯楽部門への進出を企てて松下電器から映画会社MCAを買収、のちフランスのヴィヴェンディ・ユニバーサルに身売りするなどビジネス界でも有名人である。


同氏はまた米ユダヤ社会ではリベラル派の代表格として知られ、イスラエル右派のシャロン首相には批判的な立場をとり続けてきた。一般に米ユダヤ社会のリベラル派はイスラエルの労働党を支持し、伝統主義派やネオコンが右派のリクード党を支持する傾向が強いから、この発言でみせた“君子豹変”には、お膝元も驚いたのである。

従来の対立構図にねじれ現象が生じた原因は、シャロン首相が国内外の反対を押し切って断行したガザ地区からの撤退だ。パレスチナとの和平を進めるために下した首相の英断に猛烈に反対したのは、従来の支持基盤である保守派やユダヤ教正統派等のいわゆる右派であり、逆に左派の労働党が首相を強力に支持した。

 このねじれ現象は、遂にはシャロン首相をして新党立ち上げを促し、中道リベラル派の「国家責任党」の結成へとつながった。新党にはシモン・ペレス前労働党党首も加わり、イスラエル政界を文字通り大再編した。

 そしてこのイスラエル国内の政界再編が全米のユダヤ人社会にも影響を与えている。日本ではほとんど注目されていないが、このガザ撤退による「ねじれ現象」は、米国におけるブッシュ政権の支持基盤をも大きく揺さぶっているのである。

これまでブッシュ政権は、ネオコン(新保守主義派)、ユダヤ教正統派、そしてキリスト教原理主義(福音主義)派の支援を受けながら、中東政策においてはイスラエル一辺倒、すなわちパレスチナ側に圧力をかけてイスラエルには圧力を加えない方針を貫いてきた。ところがシャロン首相がガザ撤退を打ち出し、アラファト亡きあとパレスチナ自治政府の大統領にマハムード・アッバースが選出されたことを受けて、ブッシュ政権は中東和平を積極推進し、歴史的なパレスチナ国家樹立に道筋をつけ、それにより世界中のイスラム諸国に広まってしまった反米感情を和らげる起死回生の一打にしようと考えた。

 05年5月末にアッバース大統領と会談したブッシュ大統領は、「テロという手段を拒絶して民主改革に邁進する勇敢な指導者である」とアッバース氏を褒めちぎり、パレスチナ政府に対して5千万ドルの資金援助を約束したが、ネオコンの代表的論客フランク・ギャフニー安全保障政策センター所長は、「アッバースは平和のパートナーではなくテロリストのパートナーだ」として、すかさずブッシュ大統領を猛烈に批判した。ネオコンの中には、中東和平とはイスラエルに対して圧力をかけ、パレスチナの「テロリスト」に褒美を与えるものという見方が根強く残っているのだ。

 またガザ撤退には、ユダヤ教正統派に加えてキリスト教福音主義派が反対運動を展開し、福音主義キリスト教徒を集めたイスラエルへの「ガザ撤退反対ツアー」を盛んに催していた。福音主義派の牧師たちがせっせと資金集めに奔走し、在米の牧師たちをイスラエルに連れて行ったり、講演会を催したり、ガザ撤退計画への反対意見を解説したDVDを製作して、全米の教会やシナゴーグに配布する活動などを精力的に展開したのであった。

 つまりこれまでブッシュ政権を支えてきたネオコン、ユダヤ教正統派、そしてキリスト教原理主義(福音主義)派が、米中東政策のもっとも強硬な反対勢力になったのである。

■AIPACスパイ疑惑の意味

 こうした中でブッシュ政権は、米国内のユダヤ人社会における中東和平やガザ撤退計画に対する支持を増やすためにある工作を行ったようだ。今年の5月になって昨年来燻っていたアメリカ・イスラエル公共問題委員会(AIPAC)に対するスパイ疑惑が再燃したのは、こうした背景からだと考えられる。

 05年5月4日、米国防総省のイラン分析官が、AIPAC職員に機密を漏らした容疑で逮捕され、FBIはさらにこの職員がイスラエル政府に機密を渡した容疑で捜査を続けている。AIPACは米国最大の親イスラエル・ロビー団体だが、この捜査が公になったことで、同団体は「イスラエルのために働くスパイ」としてスキャンダルの渦に投げ込まれた。

 しかしこの事件に関しては、FBIがAIPACに仕掛けた罠だとの見方がある。つまりFBIの捜査官が、国防総省の分析官にイスラエルの安全保障にかかわる偽情報を流させて、AIPAC職員がイスラエル政府にその情報を渡すのをFBIが逐一監視していたというのである(05年3月27日付『JTA』)。

 事の真偽はさておき、このスキャンダルが発覚した後、AIPACは容疑をかけられた職員を解雇し、汚名払拭に躍起になり、その過程でそれまで態度を留保していたガザ撤退計画に対して全面的な承認を与えた。AIPACがシャロン首相のガザ撤退計画を支持し、ブッシュ政権と立場を同じくしたことで、和平推進派は大いに勢いづたのであった。

 またブッシュ大統領はこの頃、ホワイトハウスのユダヤ人社会との連絡調整官としてリベラル派ユダヤ教徒を任命している。これも正統派ユダヤ教や保守的傾向の強いユダヤ系団体から、和平推進派であるリベラルなユダヤ系団体へとホワイトハウスが軸足を移動させていることの現れと見ていいだろう。

 このようにブッシュ政権が政策をシフトさせているのはガザ撤退問題に留まらない。その筆頭はイラク政策であろう。「中東民主化」の大義こそ下ろしていないものの、ホワイトハウスは11月30日に発表した政策文書『イラクでの勝利に向けた国家戦略』の中で、イラクにおける「勝利」を「イラク治安部隊が民主化への道を阻もうとしているテロリストや反乱武装勢力から自国の市民に安全を提供できるようになること」と定義し、アメリカ型民主主義国の確立から数段階目標を引き下げた。

 11月から12月にかけて行った一連の演説の中で、ブッシュ大統領はイラクにおけるこれまでの活動がいかに困難に満ち、失敗が多かったかを素直に認める発言をして世界を驚かせた。またザルメイ・ハリルザード駐イラク米大使は、イラク国内においては反乱武装勢力との交渉を推し進め、同時に近隣諸国を巻き込んだ外交活動を活発化させることでイラクの政治プロセスを前進させる方針を明らかにし、この延長線上でブッシュ政権は何とイランとの直接交渉にも乗り出しているのである。

 実はすでに米・イランの水面下での交渉は始まっているという情報もある。英『ファイナンシャル・タイムズ』紙が伝えたところによれば、「イランはすでにイラクに関する情報面でアメリカに協力する用意がある」と伝え、「その代わりに核開発問題においてワシントンがイランに対する圧力を弱めることを求めている」という。11月のIAEAの協議でアメリカがイラン問題を国連安保理に付託しなかったのは、すでにこうした水面下の交渉の成果であり、アメリカがイランに対して行動で示したメッセージだったという。

 ブッシュ政権は何が何でも2006年にはイラク情勢を目に見える形で好転させ、中間選挙前に米軍の一部削減を実現させるつもりだ。そしてそのためにもネオコンのイデオロギーに基づいた強硬路線から、より現実的な「実」を取る外交へと大転換をはかっているのだ。

「中東を民主化し、世界に自由を広げる」というネオコンの描いた対外戦略はすでに過去のものになりつつある。この状況をネオコンの代表的論客マイケル・ルービンは断じた。「ブッシュ・ドクトリンは死んだ」と。

投稿者 FACTA | 2006.01.09 06:00

(転載貼り付け終わり)

副島隆彦拝
copyright(c) 2000-2009 SNSI (Soejima National Strategy Institute) All Rights Reserved.