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[26]]第4章 理不尽すぎる審判(その4)
投稿者:相田英男
投稿日:2016-04-23 06:39:18

相田です。第4章の4回目です。

******************************

4.6 悪いのはすべて理事長
 
ここからは遂に、この日の議論のハイライトとなるやり取りを引用する。かなり長いが、一気に読み進めると思う。この場面こそが、それまで日本の原子力開発に残されていた僅かな希望を打ち砕き、災いの種をまき散らした、まさにその瞬間である。

―引用始め―

(森山委員) そこで、私は組合の委員長に今度は承りたいと思います。

 私の調査したところでは、原子力研究所にははっきりした日本共産党員が二十名、これは公安調査庁で一人一人の名前をあげることができるような確実な党員がおります。巷間伝えられるところによると、三十名か四十名あげております。その中には一柳さんは入っておられない。しかし、その同調者の筆頭にはなっておる。いわゆるシンパですね。これも相当なシンパと見られるような御業績がおありになることは事実でございます。(中略)いずれにしても、昨日公安調査庁の次長からの電話によると、日本共産党員は、原子力研究所に二十名は確実に名前をあげることができる、そしておよそその五倍の同調者がおるということでございます。そうすると、大体百二十名くらいの共産党員及びそのシンパ、同調者がいる、こういうふうに私は考えられるわけでございます。

 こういうところからいくと、私も実はその原子力研究所の労働組合の運動方針はどんなふうな運動方針を掲げておるかということで、研究してみたのです。要約すると、主要闘争目標は、大幅五千円の賃上げ、諸手当の新設、増額等を掲げる一方、原子力基本法の平和利用三原則が米国核戦略の一端や軍事研究、軍事利用の既成事実化の前に空文化されようとしておる、として、内部的には、原研の中心的研究である原子力発電の動力試験炉、いま問題になっている略称JPDR作業の勤務条件改善を名にしたスト強行、外部的にはアメリカ原子力潜水艦の寄港絶対反対を打ち出して、そして政府の施策に対決するかまえを示しておる、というふうに私どもはあなたのほうの運動方針を理解しておるのでございます。

特に一柳君は、日本共産党の機関紙の「アカハタ」にこの原子力発電に対する態度と安全性保証要求について記事を書いておるではないかというあれがありましたが、私はそれを読んでいないから、確認はしていないのです。前の委員長さんがお書きになったものは私は読んでおります。そういうことで、本日御列席の委員長並びに労働組合の人たちが非常に日本共産党の影響を受けるところが大きいということを私は痛感いたしておるものでございます。

それで、私は一柳さんを委員長とする組合というものにそういう認識を持っておるのだが、そういう認識は間違いでしょうか。ちょっとその認識についてあなたの御見解をごく簡単に承りたいと思います。

(一柳参考人) 私も似たようなものを、反共雑誌でございますが、最近何かそういう雑誌で見たことがございます。所内でもそれを見まして、何だこれはというので、だいぶ失笑を買ったような始末でございます。私どもの労働組合といたしましては、別にそういう思想性の問題とかいうことについて調査したこともございませんし、そういうことをやったことはございませんので、何人くらいおるかということについては全然わかりませんし、また私も存じておりません。そういうことでございます。

(森山委員) あなたとしてはその程度のことしかおわかりがないと思うが、私のところにも実は「全貌」というものを送ってきまして、幾日か前にそれを見たら、一柳君もシンパと推定されるものの筆頭に載っておるのです。私がいま申し上げたことは、この雑誌からじゃないのです。この雑誌じゃなくて、別の調査で調査をした。その数字において、私はいま申し上げましたように、公安調査庁という名前まであげて正式に申し上げておるのですから、私の言うことについて裏づけがほしいならば、いつでも裏づけができるような態勢にございますから、それはそれでいいのです。この雑誌を見てあなたにそういう話をするのではないのだから、その点お間違えなく……。

 それから、組合の運動方針については、さっきのような運動方針ではないのですか。

(一柳参考人) 現在の組合の運動方針というのは、四つございます。一つは、原子力平和利用三原則を守り、原研の自主性を回復しようというものでございます。二つ目は、原子炉その他の施設の安全を守り、そして国民とわれわれを放射線の障害から守ろうというのであります。三番目は、組合員に対する種々の弾圧をはね返そうというのであります。四番目が、われわれの労働条件を改善しようというのでございます。その四つでございます。そういうことでございまして、いまお話しのものはどこからおとりになったのか、ちょっと私わかりません。

 しかし、そこで問題になってまいりますことは、一番上の自主性を回復しろということが運動のスローガンに入っておるということであります。この点につきましては、これは私ども経済条件を改善しようということで、前々から一生懸命やっておったわけでございます。ところが、これは理事者のほうから最近お出しになっている原研白書にも書いてございますように、やはり給与に関する自主性がどうもないということがだんだんはっきりしてきたわけでございます。

そういうことになってまいりますと、なぜ一体そういうふうに自主性がないのだろうかということで、そのうしろにあるものは何であろうかということに当然なってまいります。そこで、それはいままでの原子力政策のままでは、これは原研には自主性が与えられないのではないかというふうにわれわれは考えざるを得ない。したがって、その原研の自主性を回復しろ、それがもし経済的条件といったものでできないというのならば、それの自主性を回復してもらうということが私ども運動方針の中の一つの基調になっているわけでございます。

(森山委員) 日本原子力研究所労働組合の運動方針がございますが、そういうものの中にそういう考えはみな書いてありますよ。経済要求ももちろん書いてあります。五千円のベースアップに始まって、いまのような運動方針とか、いろいろ周囲の環境を含む問題とか、みな書いてありますが、私は要約して申し上げた。だから、私の定義づけに御不満ならば、またあらためて、私どもの組合はそういう性格ではないのだということで、そちらからお話があれば、私個人でお伺いする気持ちはございます。いずれにしても、私どもはそういう見方をしているということをごく簡単に申し上げておきます。

 そこで、そういうお考えでいけば、いわゆるマルクス・レーニン・スターリン主義、その基本的な問題としまして、一つの階級闘争的な考え方を持つ。そうすると、労使間の安定というものはなかなかないのですから、すぐ伝家の宝刀であるストという剣を抜きっぱなしになる。たまに抜くから伝家の宝刀だが、どうも開所以来六十六回、昨年だけでも四十回というのでは伝家の宝刀ではない。そういうやり方をあなた方の組合はしてこられたと思うわけです。

昨年四十回のストライキをされたかどうかについては御異論があるようだけれども、しかし、森田副理事長は四十回とおっしゃる。あなたはそんなにやらないとおっしゃるが、数えてみると四十回くらいだろう。いずれにしても、容共勢力の増大、とにかく私どもはそういう思想的なことは申し上げませんが、しかし、それによって組合運動が非常に不正常になって、そして業務が非常に停滞しているというようなことはゆゆしき一大事であるといわなければなりません。事実、業務は停滞したと思います。この点は間違いがない。

 こういう組合のやり方を、今後どうするのですか。こういうことは、あなた方組合運動の立場からいえば納得できるかもしれないが、皆さん方の研究所は、八千万国民の税金によって運営されているのです。そういう重い国民に対する責任を考えたら、単に自分の組合だけの立場で業務停滞をさせるというようなことは、私はとるべき道ではないと思います。その点、委員長であるあなたの所感を伺いたい。

(一柳参考人) その点につきまして、私どもはストライキをやるたびに、実は非常に残念であるということをいつも申しておるのでございます。と申しますことは、何といいますか、いま、すぐストに突っ走るというお話でございますけれども、すぐストに突っ走るということではないのであります。

たとえば昨年の七月にJPDRのところでストライキが起こりましたけれども、これは先ほど申しましたように、JPDRの直勤務に関します協定を延期し、それからそれの手当を切り下げるという問題が発端でございまして、何日も交渉しているわけでございます。その結果、とうとう徹夜の団交が決裂しました。決裂しまして、協定の期限が切れてしまった。協定の期限が切れますと、これは通常の勤務に戻るのが普通である。通常の勤務に戻るのが普通であるにもかかわらず、通常勤務以外の部分について労使協議のととのわないことについて業務命令をお出しになった。したがって、やむを得ぬから、そういう通常の勤務時間からはみ出す部分についてストライキを指命したというのが実情でございます。

 それから、期末手当のときの問題も、何といいますか、昨年の支給実績を非常に下回っている案を出してこられまして、そうしてこれでおしまいなんだ、これ以上金はないというようなお話でありまして、私どもの計算ではあったのでございます。それでは困るということで、何度も何度も交渉した結果そういうことになっております。そういうことでございます。

 それから、ベースアップにつきまして、ベースアップの第一波は、これはやや唐突に行なわれております。スト権を集約いたしましたのが十月の二十四日、その次の二十五日に第一波のストライキを行なっております。しかし、この点に関しましては、積年の問題と申しますか、積年のうらみと申しますか、ことしのベースアップに関しましてはわれわれは異常な決意を持つものであるということは、これは大会でも議決されておりますし、そういう異常な決意を示したいということでそういうことになったのでございます。

 こういうふうに、種々のごたごたが起こるということは、労働組合が先鋭であったり、あるいは何か先ほどからおっしゃっておられますように、共産党ですか、そういう指導がよく行き届いておるとか、そういうことではないのでございます。そういうことはないけれども、こういうことになってしまう一番大きな問題といいますのは、やはり原研の給与というものが現在非常にじり貧であるということ、あまり上がっていかないということ、その相対的に低下している給与について、理事者側が主体性を持っていないということ、ここに最も大きな原因がある、そういうふうに私考えております。決してそういうお説のようなものではない、そのように考えております。

(森山委員) あなたの意見を聞きにおいで願ったのですから、あなたと論争するつもりはありません。しかし、そういうようなお考えでも、事実こうストばかり頻発して業務が停滞してしまう。政府関係機関は原子力研究所だけではない。他にもたくさんある。中には激しいのも一、二あります。しかし、大部分はそんな状況にない。あなたのところだけが激しい。私は見たことはないが、あなたのところは特に激しい。

見たことはないが、あなたのところの東海村なんかの職員宿舎なんか非常にりっぱだ。たいへんりっぱだと感心して帰ってこられる人の話ばかりだいぶ聞いておるので、人間は不満を言っては切りがない。どんどん幾らでも不満が出ます。そういう不満を取り上げて組合運動の名のもとに、どういう御意図をお持ちか知らぬけれども、トラブルを起こしてくるというやり方をやっていかれては、これはいつまでたっても労使間の安定はないように私は思います。

そういう意味において、昨年の一年間業務の停滞が非常に激しかった、今年はそういうことのないようにしたいものだ、何とかならぬかという話を私はしたわけですけれども、どうも先ほど来のお返事のようなことでございますから、これ以上の質疑をすることはやめたいと思います。

ここで最後に、私は原研の管理者にお伺いをいたしたいのです。労働組合運動をこのように野放図に走らせたものは、もちろん組合にもいろいろ問題がございます。けれども、多くの場合、労使関係の不安定の原因は管理者がだらしがないからだ。それが一番大きな原因です。そういう問題について、菊池理事長はどうお考えになります。この際ひとつ立場を鮮明にしていただきたい。

(菊池参考人) 私はこの原研に赴任いたしましたのは四年前でありますが、それ以来のいまおっしゃたような業績を見まして、全くどうにもこうにもできなかったことについて深く責任を感じております。すでにいまおっしゃいましたような意味で私は管理者として落第だと思っております。

(森山委員) 私は管理者として落第である、こう思われたということだけでは済まないのでして、先生のような国家の宝である碩学が、責任をもっておやりになった団体、研究所がこういう状態になって、もう一回先生のお力で立て直すように努力をしていただきたいと私は思います。特に研究方面においてはわが国原子力研究の将来を考えると、どうしても先生のお力をかりなければならない状況だということでございます。私は理事長がもう少し腹を固められて事に当たらなければならないのではないかと思います。(中略)

まだこまかいことをお聞きすれば数限りなくありますけれども、要約して、一つの私の質問のデッサンだけを皆さんの前に申し上げたわけでございます。これは要するに、日本原子力研究所の現状は、労使関係がきわめて不安定であるということ、その不安定な基礎の上に、いかなる方向づけというものも意味をなさない。よく、原子力研究所をどういう方向に持っていっていいかわからないからうまくいかぬのだ、という議論を聞くのだけれども、そんなことよりも何よりも先に、まず常識的な労使関係を打ち立てなさい。それをやらなければだめなんだということを私は強調したわけです。

 しかし、この点については、理事長、副理事長から完全な御同意を得られたものと思いますので、私の質疑を終わりたいと思います。

 最後に一言申し上げたいことは、日本原子力研究所は、申すまでもなく日本科学技術の先端として国民が大きな期待を寄せておる研究所でございます。そうして、その財政的基礎はあげて国民の税金によってまかなっておる。国民はこの原子力研究所の行くえに厳粛なる監視の目を怠っていないということをお忘れなく、今後の運営に当たっていただきたいと思います。

 質疑を終わります。

(前田委員長) この際、一時三十分まで休憩いたします。(午後零時五十一分休憩)

―引用終り―

相田です。ここの文章を最初に読み終えた時に、自分の中に強烈な脱力感とやるせなさが込み上げてきたことを覚えている。

ここだ、ここで全てが決まったのだ、と。

菊池が森山に「自分は管理者として落第です」と謝罪しまったこと、すなわち、技術を正しい方向に何とか戻そうとする科学者達の代表たる菊池が、ヤクザな自民党政治家に屈服してしまったことが、日本の原子力開発の方向が歪んでしまった原点なのだと、私は断言する。

一読して誰もが感じると思うが、ここに書かれている森山と一柳氏のやり取りは、(公開されている範囲の)日本の原子力に関する資料の中でも、群を抜いて激しく、また面白すぎる内容である。

森山は原研労組に対し「お前達は共産党の影響下にある左翼政治活動集団に過ぎない」と、真っ向から決め付けたのに対し、一柳氏は「雑誌などに書いてあるのは、単なる与太話であり、あの内容は組合員の間でも失笑を買っている」と返答した。しかし納得しない森山は「自分の話は雑誌ではなく、公安調査庁に依頼して調べさせた情報なのだ。内容に文句があるなら何時でも証拠を出してやる」と、さらにたたみ掛けている。

一柳氏は「組合の運動方針は、原研の自主性を回復すること、安全を守ること、組合員への弾圧をはね返し、労働条件を回復することで、共産党とは関係ない」と繰り返すものの、森山は「お前達の方針は、マルクス・レーニン・スターリン主義に基づく、階級闘争的な考え方なのだ。だからストライキばかり起こすのだ、だから原研は業務が停滞するのだ」と、バッサリと斬って捨てている。まさに森山の言いたい放題である。科学技術振興対策特別委員会で議論する内容とは到底思えないものの、今読んでも物凄いインパクトはある。出席者は全員が眠気が吹っ飛んだのではないか。

しかし、よくよく読んでみると、ここでの議論で最も重要な箇所は、実は共産党云々の話ではないのである。森山が菊池に対して放った「労働組合運動をこのように野放図に走らせたものは、もちろん組合にもいろいろ問題がございます。けれども、多くの場合、労使関係の不安定の原因は管理者がだらしがないからだ。それが一番大きな原因です」という問いかけが全てである。

ここでの議論は一見すると、森山と一柳氏の間で激しい非難合戦が繰り広げられているようであるが、その実は森山により「原研の責任者がだらしないからだ」という主張に、話が落とし込まれていることに気がつく。要するに森山は、原研労組を責めているように見せながらも、巧妙に、原研の統括者である菊池に、全ての責任を押し付けている。「全ては菊池が悪いのだ、だらしないからなのだ」ということである。

そもそも一月前の2月13日のこの委員会では、社会党の岡議員が「日本の原子力行政の方針に主体性が無いことが問題だ」という主張を、佐藤栄作科技庁長官に強く訴えていた。続く2月19日には、菊池もやはり「原子力委員会の方針に具体性が乏しく、長期的な予算の確保が難しいことが、研究が混乱する原因だ」という趣旨で、原子力行政への批判を述べている。社会党議員と原研理事長という立場の異なる両名が、同じような批判を行ったことで、自民党議員を中心とする体制側に強い危機感が生じたことだろう。苦境に追い込まれた体制側が、最後に飛び道具として持ち出したのが森山だったのだ。森山の登場は、おそらくは中曽根からの協力要請によると自分は推測している。

飛び道具としての森山の威力は絶大だった。まさに核兵器級のインパクトを与えることとなった。それまでの行政体制に問題があるという、岡議員や菊池の主張は吹き飛ばされて、問題の中心は「原研の理事者がダラけた組合を厳しく管理しなかったためなのだ」と、見事にすり変えられた。

更に見過ごせないのは、組合側も「理事者に主体性が欠けているのが、原研が混乱した理由なのだ」と、混乱の責任を菊池に押し付けていることである。「理事者が政府に対し強く予算を要求出来ないことが、給与が上がらない最大の問題であり、我々がストに至るのも仕方が無いことだ」という主張を、一柳氏は崩すことはなかった。この構図は菊池にとっては相当に辛い。森山からは「理事者が組合に強く対応出来ないのがだらしない」と非難され、労組からは「理事者は主体性を持って予算の獲得に当たれ、さもなくばストだ」という真逆の要求を突き付けられるからだ。

結局のところ一柳委員長も森山(自民党議員)も、自分達が所属する組織がそれまで重ねてきた行為の後ろめたさを誤魔化すために、結託して菊池に責任を押し付けたといえる。どちらもが、自分達の組織の歪んだ正当性を押し通すために、無理やりに菊池を追い込み、潰したのだ。ここにおいて、左翼も自民党もグルであり、日本の原子力の将来に最も必要だった人物を、自分達の組織を延命させるために生け贄にしたのだと、私は断言する。両者は同罪であり、その罪はあまりにも深い。

菊池の一体何処が悪かったのだろうか?

はっきり言って技術的な観点からは、菊池は全く間違ってはいない。2月19日の委員会で菊池は、原研の今後のやるべき課題として、軽水炉、国産動力炉(コンバーター炉)、高速炉の3つに注力すると表明したが、この方向性は当時としては極めて的を得た、適切な判断であった。もしも菊池がここで踏ん張ることが出来て理事長として2期目(次の4年間)を全うしていたならば、福島事故は起こらなかっただろうと、私は断言出来る。しかし、技術的に極めて真っ当であった菊池は、技術とは全く無関係の問題を背後から突き付けられて、無惨にも潰された。

「何故こんなことになったのだ?!」という静かな怒りが、自分の中からは消えない。こんな不条理を起こしておきながら、その関係者達は、右も左もどちらもが、素知らぬ顔でその後を過ごし、さらにその後継者達は、「自分達は哀れな一般市民のために、世の中の不正義と戦うのだ」、と「事実を隠蔽したまま」ぬけぬけと叫び続けているように、自分には思える。

「お前らたいがいにしろよ」と、心の中で叫ばずにはいられない。「お前らも皆全員が、福島事故を起こした共犯ではないのか?後ろめたさを全く感じないのか?」と。

菊池については、まだまだ書き足りないのだが、ここでは3月12日 の出来事についての話を続ける。

(つづく)



[25]第4章 理不尽すぎる審判(その5)
投稿者:相田英男
投稿日:2016-04-21 23:24:12

相田です。第4章の5回目で、これで最後です。

*****************************

4.7 オセロの駒にされた原研労組

さて、午後からは質問者が社会党の原茂議員に交代して質疑が再開される。しかし、午前中の森山の質疑があまりに面白すぎるため、これ以降の委員会でのやり取りを読み進むにつれて、かったるさを感じるのは止むをえない。とりあえず、原議員の菊池への最初の質問から引用する。

―引用始め―

 最初に、菊池理事長さん、森田副理事長さんにお伺いをしたいと思います。(中略)先ほど森山委員が質問をなさいました中に、二、三これはおかしいのじゃないかなという考えを持ちましたので、これを先に解明をしていきたい。

 第一には、先ほど、六十六回ストライキがあった、森山さんの意見によると、労働組合がすこぶる不逞である、ためにストライキが何回も頻発したのだというような趣旨で、組合の側に対する質問があったようです。私は実は、もし労使間に紛争が起きるとすれば、むしろこれは経営の側のほうにおもな責任がある、六十六回ストが起きたということは、理事着各位のほうにこれを紛争なしに解決するだけの手腕とか、あるいは経綸とか、そういう意味の、情熱といいますか、そういうものに欠けるものがあった。(中略)いずれにしましても、労働組合の側にのみストライキというものの責任を負わせた考え方というものは、非常に間違いじゃないかと思うのです。この点、理事長さんにひとつお答えをいただきたいと思うのです。(中略)

(菊池参考人) おっしゃいましたとおりに、この問題が組合だけの責任であるというふうに私は考えておりません。いろいろな原子力の開発体制をめぐる客観的な問題、それから理事者側の経営のやり方、それから一方には、組合の態度――態度と申しますか、姿勢と申しますか、どういう考え方であるかという、そのいろいろなものがまじり合ってそういう問題になりましたので、これのすべてが組合の責任であるというふうに私は決して考えておりません。

(原(茂)委員) 私はもう少し、すべてがおもにやはり理事者の側の負うべき責任が多い、紛争が頻発するということに関してはそのように考えております。そう理事長さんにお答えをいただこうというわけではありませんが、まずそういう意味の立場だけ明快にしておきたいと思うのです。

―引用終り―

相田です。説明からわかるように、原議員は森山とは真逆の労組側の肩を持つ立場から質問を行っている。しかし、最終的な問題の責任を理事者に負わせる方針は、森山と同じであることに注目されたい。森山と原議員は、菊池に全ての責任を押し付けることで、お互いの立場の正当化を図っている。原議員は森山の話について「二、三これはおかしいのじゃないかな」などと疑問を呈しつつも、結論は同じなのである。全くもって腹立たしい限りである。

その後しばらく原議員は、労働法規課長の青木氏を呼んで、原研労組の振舞いが労組法上の不当労働行為にあたるのか否か、という内容について、延々と議論を行っている。労組側の不満もそれなりの理由があるのだから、杓子定規に労組法を当て嵌めなくてもよいだろう、ということである。森山にやり込められた原研労組の印象を少しでも挽回しようとする、原議員の親心的な対応であるのだが、このあたりはどうにも言い訳がましいという印象を拭えない。

さて、かったるくも腹立たしい原議員の質疑ではあるが、その中でも菊池との間で見逃せないやり取りがいくつかある。例えば以下の箇所である。

―引用始め―

(原(茂)委員)二月の上旬か何か知りませんが、おそらく理事長さんの名前か何かで、大臣(佐藤栄作科技庁長官)に対して、新しい原子力研究所の体制としてこういうふうに組織分化を行なうべきだ、部局の機構の新しいつくり方をすべきであるというようなことを何か答申されたことがあると思うのです。(中略)そのとき大臣からどう答えられて、あるいはその大臣からの意向が原子力局に伝わって、あなた方の出された意見というものがどういうふうに結末がついたのかということを、ここで第一点としてお伺いしたい。

次に、(「原研調査項目」の)下から六、七行め、「原研の理事者は経営を委任されているとはいえ、その権限は非常に幅の狭い分野に限定されており、労働組合に対しても、殆んど実体的な交渉を不可能にしているきらいがある」くしくも午前中の論議のせんじ詰めた形を忌憚なく理事者各位は反省をされて、私たちには力がないのだ、問題はどこにあるのだろうということをお考えだろうと思います。なぜ一体こんなことが堂々と――「調査項目」に正直にお書きになったからよろしいのですが、書かざるを得ないような状況になったのか。(中略)この二つを先に……。

(菊池参考人) まず第一番目の、佐藤大臣にこちらから答申をいたしましたのは、原研内部の機構の問題でございまして、国全体としての機構の問題ではございません。それから、ここにございます原子力委員会を行政機関にしたほうがいいとかどうとかいう意見は、ここに意見として出しましたけれども、とうていわれわれの及ぶ範囲ではない。これは私個人この文章については責任を持ちますけれども、個人的な考えとしてここに述べたものでございます。これを実現するということは、とても私などのできるととじゃない。これは議会その他を通じて原子力委員会設置の法律そのものから変えてかからなければできない仕事だと思いますので、これをどう実現するかということは非常にむずかしい問題であるけれども、われわれとしてはそう考えるという意味でございます。

それから、いま最後の、幅が狭いということ、これは事実でございまして、これは準政府機関として国の税金を使う機関がことごとくそうであると同じような意味で非常に狭い幅を持っております。それは確かに、一方、組合が全く民間の企業と同じ形態の労働法によって守られているという面に対して、こういうことのいい悪いは別として、国民の税金で成り立っている準政府機関共通に持っている問題だと思います。(中略)これはすぐどうしなければいけないとか悪いとかいうことを言うよりも、むしろ事実を言っているわけなんです。

たとえばベースアップ問題にしましても、国民の税金でやっております以上、国全体としての公務員に準じたベースアップ以上の大幅のベースアップをすべきではないと私どもも思っております。そういう意味で、そういう機関の性質上からくるある意味の幅がそこに当然きめられていると思います。それは、一方に組合が持っている非常に広範な労働法によって守られているものと、対立と申しますか、何といいますか、そこに非常に問題が起こる可能性があるわけであります。

(原(茂)委員) いまのおことばの中に、労働組合は三法によって保護されている、だが私たちはと言って、(あなたは)それが具体的によく説明できなかったのです。しかし、理事者の側も、原研のいまの経営のやり方や運営のしかたを見ていますと、民間の企業だったらつぶれていますよ。六十六回もストライキを起こすような状態で、労働管理の面だけでも、人事管理の面だけでも、経営は満足に運営できなかった。あなた方はとんでもない大きな力で保護されている。その点は自信を持って、誇りを持っていいんじゃないでしょうか。(中略)

したがって、そういう点は組合だけが三法によって保護されているのではなくて、組合はぎりぎり、最小限度のところを、当然憲法に保障された範囲で三法による保障があるだけなんです。もっと大きな保障というものは理事者の側にある。いま、どういうふうにしたらいいかということは政府機関全体の問題なんで、どうしたらいいかわからない、こうおっしゃったのですが、そうじゃなくて、共通の問題であろうと、どんな問題であろうとかまいませんが、そういう実体的な交渉を不可能にしているという、その不可能にしているものは一体何だろうということを、一つでも二つでも実例をあげてお聞かせ願いたい。(中略)

(菊池参考人) たとえばベースアップに例をとりますと、ベースアップの幅というもの、つまり言いかえれば、組合の側としましても、われわれの置かれている立場というものを十分に了解してもらいたいということが一つございます。そういう一つの共通の地盤の上に立って事を論じませんと、ベースアップの問題にしても、あまりにも違った土俵の上で相撲をとっているようなかっこうになってしまう。そういう意味で、不可能になる、問題がむずかしくなるということを言っております。(中略)

(森田参考人) ベースアップにつきましては、われわれとしては常々よそよりよけいとろうという努力をいたしてまいりました。二、三年前に中央労働委員会にまで持っていって、そのときはわれわれは少なくともこのくらいは出していただきたいという意欲のもとにそれを出していったわけです。しかしながら、不幸にしてそれは通らなかったということと、科学技術庁関係では横の関係がだんだん密接になってまいって、原子力局が科学技術庁の中にあります関係上、科学技術庁関係は一応こういう基準でやるのだということで大蔵省と局との間でお話し合いがついているように思いますので、これはなかなかわれわれの力ではいまのところやり得ないのじゃないか。

それから、給与全体のことにつきましては、おっしゃるとおり、原研発足の当時は当然ほかよりよけい出すべきだという相当はなばなしいスタートをしたように私は承っております。その後、中曽根さんが長官のときに一二〇、一三〇というような大体の基準をお出しになりまして、それを守り抜こうとしてそのときも努力したわけでございますが、漸次これが縮小の傾向にあるということだけは、横との連絡上、これはいまのところ結果論的にはそういうことになってまいったわけです。

―引用終り―

相田です。ようやくここで原議員は、この日の本来の審議テーマである「原研調査項目」の内容について、質疑を始めている。但し森山の質問に比べて、原議員の話は全く面白くないので、ここでは大幅に割愛している。

さて、上の菊池の答弁の中での「原子力委員会を行政機関にした方がいい」という言葉に、私は注目する。これは要するに、原子力委員会の体制を行政権を有する3条機関に変更して、提案内容に強制力を持たせて欲しいという、菊池からの要望である。菊池が述べるように、これを実現するには法律から変える必要があるため、実現は難しいものの、研究機関の最高責任者として菊池は強く望む、ということである。原子力委員会が全然役に立っていないのが、結局は問題の核心なのだ、という不満を菊池は繰り返して述べていることが、ここでもはっきりと伺える。しかし原議員もまた、菊池が訴えた原子力委員会の体制の問題について、深く追求することはなかった。

原議員はここで菊池に、組合よりも原研の理事者側の方が政府による大きな保護を受けているのだ、だから、もっと理事者の方から具体的な解決策を模索して提案するべきなのだ、と主張している。しかし対して菊池は、ベースアップ問題を例にとり、その条件を原研理事者側が決めることは困難であるのだから、その立場を組合が理解してもらわないと、解決は困難だ、と回答した。要するに、お金の問題を解決する権限は、理事者には無いのだから、一体どうすれば良いのだ!?という、単刀直入の反論である。

森田副理事長も、「ベースアップ要求はこれまで行っているのだが、結局は科学技術庁と大蔵省の間の話合いで決められるのだから、如何ともし難い」と、重ねて説明している。これ以上の、どういった「具体的な解決策」を示せと、原議員は訴えるのだろうか?苦肉の策で、超過勤務手当を原研内の予算から工面して、全組合員に一律支給したものの、森山から「正常な労使慣行に反する」とバッサリ否定されてしまった。結局は外野の連中は、現場の窮状を冷ややかに見つめているだけでしか無いことが、よくわかるやり取りである。

その後も原議員からの、理事者側への責任追及は続くことになる。例えば以下のように「調査報告書」の記載に原議員はクレームを付ける。

―引用始め―

(原(茂)委員) その次に五六ページの下から三分の一ぐらいのところにありますね。いわゆる「労組活動の最終目標が経済闘争にあるのか、また、それとは異なった別の目標があるのか理解に苦しむ」とある。ほんとうにこういうふうにお考えになっているのか。(中略)違った目標というものは一体どういうところにあるのか。何を言おうとするのか。何ですか。
 
(森田参考人) これは読みようによっては非常に重大なことになりますので、私、実は東奔西走いたしておりまして、十分に私ども責任は持ちますが、読んでなかったのでございます。つまり組合活動というものは本来経済活動であるべきものだと思いますが、いままでのわれわれの組合の活動を見ておりますと、単に経済活動だけでなくて、つまり安全問題だとかいろいろ理屈に走るようなことが非常に多くて、経済活動のみでないということが言えるのではないかと思います。

(菊池参考人) これに書きましたことは、こういうことでございます。これは現在どこでもそうでございますが、原研の中にもいろいろな政治的な色彩がございます。そうしてそういった政治活動的な場がやはり原研の内部に持ち込まれている気配が十分にあるということを言っておるわけでございます。

(原(茂)委員) そうであるのでしたら、労働組合の存在理由というものは、経済的な目的を達成するために労働組合があるのですよ。その労働組合を現に認めて、理事者も相手にしているのですよ。それなのに、経済闘争に目標があるのかどうかわからないという、そんな前提に立って組合と話し合いしたら、話になりませんよ。

思想的な動きがあるとか、いわゆる政治的な動きだとか、違った目標があるとかということは、労働組合が、組合員というよりは働く者として、基本的にほんとうにそこから国全体の平和を脅かされたり何かしては話になりませんから、これは別途にやるのはあたりまえのことです。(中略)その問題をいろいろな形でやっていこうとしてもかまわない。

だからといって、それをやるからといって、何か経済闘争という目標を全然持っていない組合であるかのような思想を持っているから、労使の紛争は絶えないのです。こんなばかなことはない。経済的な目的というものを達成するための存在が組合なんだ。(中略)それを前提にして、労働組合とは相対するようにしなければいけないということであります。

(中略)そういう考え方は、そのこと自体が皆さん自身が自主性を持っていない。なぜ自主性を持たれないのか。(中略)こういう考え方がある限り、労働組合との話し合いというものは今後うまくいきません。

―引用終り―

相田です。原議員は「労組活動の最終目標が経済闘争にあるのか理解に苦しむ」とは、一体どういう意味なのだ、そんな偏見を持つことが、「理事者の自主性に欠ける」大きな要因なのだ、という批判を理事者側にむけている。ここにおいて森田副理事長が「私はそこは読んでいませんでした」という、苦しい言い訳をせざるを得なかったのが、残念ではあるが可笑しい。菊池はもはや細かな反論はせず、「そのような気配が原研の内部に持ち込まれているのは事実だ」と述べるだけであった。

原議員は「主目的は当然経済闘争にあるのだ、こんな馬鹿なことを理事者は考えるべきではない」と菊池達を責め立てるのだが、読みながら自分は「原子力潜水艦の寄港反対運動が、原研労組の経済闘争とどう関係するのか?」という疑問も、抱かざるを得ない。国会において報告書の細かな文言を追求するのも大事であろうが、もっと重要な問題もあるだろう。

理事者側に対して、厳しく責任を追求した原議員は、最後に労組側に対しても幾つかの説明を求めている。その中で争議(ストライキ)協定の問題が長引いた問題について、一柳氏は次のように回答した。

―引用始め―

争議協定の問題につきまして、これが長引いたのはなぜかというお話でございます。争議協定をめぐってごたごたいたしましたのは、最近二度ばかりあるわけでございます。一度は昨年の十一月でございます。十月の二十九日から始まったので、まあ十一月でございます。これは動力試験炉がまだ工事中でございまして、そこの施工者であるゼネラル・エレクトリックからの指令によって原子炉がとめられたわけでございます。そのときでございます。もう一度は、本年の二月の半ばから、これは新聞等の報道によりますと、原子力局あるいはその他から何かお話があってやったというふうに私は聞いておりますが、それによって原子炉がとまった、その二度でございます。

昨年の十一月のときには、これは御承知のように、後に訂正されましたけれども、日本人技術者のミスオペレーションの問題であるとか、そういうふうな問題に関するGEに対する理事者の主体性の問題であるとか、こういうふうな問題がひっからまりまして、それと、いまちょっと前におられますので少々あれなんですが、毎週週末になると理事者が東京に帰っておしまいになったというふうなことがありまして、長引いたわけでございます。

今回の二月の場合には、この争議協定の問題に関しまして、炉がとまる前に、それに先立ちまして労使間で非常に平和裏に話し合いをやっておったわけでございます。話し合おう、そういうことになっておりまして、やっておったわけなんでございますが、そこへ突然炉がとまっちゃった。せっかく話し合ってやろうというときに炉をとめて、その問題についてやろうというのは、これは一種の所のほうのストライキみたいなものでございまして、しかもそういう行為というものが、交渉等によって聞くところによりますと、あるいは新聞報道等によりますと、理事者の主体的な意思ではない、よそから何かやられたものらしいというふうなことで、話し合いの空気というものは非常にこわれたわけでございます。しかも時を同じくしまして、たまたまその前のJPDRの事件につきまして、労務の担当の理事の方が辞表を提出されたり、あるいは労務担当の理事がかわられたりした。ちょうどそれが同じ時期にきましたので、この間お休みみたいなことになりまして、早く片づかなかったというのが表面的な理由でございます。

―引用終り―

相田です。昨年11月の問題というのはJPDRの運転開始の話で、これについては第3章で触れた通りである。年明けの2月においては一柳氏によると、当初は平和裏に話合いが持たれていたものが、突然に大型炉が止められ、労務担当理事も辞任、交代するという、非常に雰囲気を壊す行為が、理事者側から一方的に行われたという。これらの理事者側の態度の急変は、自らの考えではなく、外部からの圧力によると、組合側はみなしているという。一柳氏のここの指摘は非常に重要で、自民党議員達によるテコ入れが原研に行われた事実を裏付けるものと考えられる。

但し一柳氏が、11月の問題の際に交渉が長引いた理由を、週末になると理事者が東京に帰ってしまうかからだ、と無責任な説明をしている事はいただけない。菊池が東京に帰ってしまうので話が纏まらないとは、何という言い草であろうか。ならば、菊池が東海村にずっといたならば、話が付いたとでもいうのだろうか?

続いて、菊池がこだわっていたストライキの事前予告時間について、一柳氏は次のように語った。

―引用始め―

 それから、二十四時間の意味であります。二十四時間の意味という点に関しましては、団体交渉の席上でも問題となったところでございますが、別にこれは安全性ということとは関係はございません。つまり、炉をとめるのに何分である、それからそれを連絡するのに何分である、そういうふうに積み上げた値ではないのでございます。現にJRR2という原子炉は、三千キロワットで運転しておるときに一分でとまります。それからその後、炉心の熱除去のためには、ポンプを一ないし二時間回しておればよいということでございます。それからJRR3、国産一号炉という原子炉は、一千キロワットの運転時に自動制御計によってとめますが、それには大体三分で出力を下げ、次の一分で化学反応は停止する。それから後三十分ばかり炉心の熱除去をやるということになっております。それから、動力試験炉JPDRに関しましては、さきの争議協定期間中に一度とめたことがございますが、そのときには大体二時間ぐらいでとまったという実績がございます。

 それから、三十分前予告のストライキのお話がございました。これは昨年の十月の二十五日に行なわれましたベースアップの第一波の争議のことであると考えます。この日は午後二時にストライキの実施を所側に通告いたしまして、現場において直ちに保安要員の交渉に入ったわけでございます。交渉成立後、炉がとまってからストライキに入るということにいたしまして、所側の手で炉の停止が行なわれております。それで二時三十九分に完全に停止いたしましたので、二時四十分から保安要員を残して退出したということになっておりますので、これは安全上は何ら問題はない、こういうふうに考えております。

―引用終り―

相田です。ここでの一柳氏の説明は、12月の委員会で小林議員が島村武久に述べた内容から、全く変わっていない。スト開始前の24時間の猶予時間には安全上の意味は無い、そして実験炉(JRR-3)へのスト開始30分前予告でも、炉は安全に停止したので、何も問題など無かったのだ、と一柳氏は明言した。菊池が最も懸念を表明していた問題に対して、労組はここに至っても、対立する姿勢を変えるそぶりを見せなかった。このような労組の対応に、菊池は大きな落胆と失望を抱いたことであろう。2月19日の委員会での説明で菊池が労組をかばったことが、菊池が辞表を出すに至った最大の要因の一つと推測されるにも係らず、組合からのこの冷酷ともいえる菊池への仕打ちである。菊池がやる気を失った理由の一つが、この頑なな労組の姿勢にあったことは否定できないと、私には思える。

今現在も日本原子力開発機構の中の原研労組(旧名称のままで存在する)に所属する方々が、この日の一柳氏の話の内容をどのように考えるか、自分は機会があれば是非とも聞いてみたいと 望んでいる。

一柳氏は最後に、勤務時間中の組合活動の状況について、以下のように述べた。

―引用始め―

それから、私どもの労働組合の活動につきまして、朝から晩まで何かかってにやっておるような印象を与えるということでございます。その点につきましては、私どもといたしましてはそういうことはないのでありまして、先ほど労働省のほうからも、大会等まで金を出すのはおかしいというお話がございましたが、私どもの大会は全部賃金カットされております。それから、職場大会、分会その他はいずれも時間外に行なっております。ただ、先ほどから申しておりますように、交渉事項が非常に多い。たくさんある。現在労使間でペンディングになっておる問題が二十ばかりあるかと思いますが、非常に多い。だから、しようがない、毎日一生懸命詰めてやっておる。その準備等のために執行委員のうちのある部分はずっと仕事をしなければならない。そういう状況でありまして、大会その他一般組合員の活動につきましては、全く賃金カットされております。全く正常に行なわれておる、そういうふうに考えております。

―引用終り―

相田です。ここまでの一柳氏の話を聞いていた森山が、こらえきれずに議長に発言を求めた。

―引用始め―

(森山委員) 一つは組合のほうから、賃金カットをしているとかしていないとかいう具体的なお話があったのですが、勤務時間中の組合活動については、三十三年十月三十一日案、三十六年八月一日案、三十六年十一月一日案、三十七年十二月二十八日案、三十八年四月二十二日案、それからことしに入っての三十九年一月三十日案と、何回も案を出して、まとまっておらなかったことは御承知のとおり。そして一番最近のものは三十九年の一月三十日案でございます。

 それで、ことしの一月の案と去年の四月の案の差はどういうことかと申しますと、総会は年二回やる。要するにこういう問題について、回数の規定もなければ、どのくらいの時間そういうことを時間内にやることについて認めるかということについても規定がなかったから、おそらくきめようとしたのだろうと思います。それによると、総会は年二回やって、一回の時間が九時から十七時半までの必要時間、これはカットすると書いてあります。ただし年次有給休暇の請求があればこれを認める、この場合にはカットしない、こういうことです。これは年次有給休暇という意味でカットしないのですから、これは当然のことです。

それから大会というのがあって、これが四月の案では年十二回ということで理事者側が提案した。今度はことしの一月には八回に減らして、一回の時間は四時間、スト権が集約されている時間を除きこれはカットしないということになっております。それから評議員会は、四月の案では年十二回、一月の案では八回に減らしております。一回の時間は四時間以内、これはカットしないということになっておるのであります。だから、いままでもこれはもちろんカットしていない。大会でも評議員会でも、回数も無制限、カットもしていない。大体理事者が十二回を八回に回数を減しただけで、カットしていないのです。

それから執行委員会の場合ですが、月に六回、これが去年の四月案です。本年の一月案は、週一回、一回の時間四時間以内、これもカットしないというふうになっておるわけです。そういうふうに、もう理事者側の提案すらも、これらの問題についてカットしないなんという驚くべき提案を本年の一月三十日までしてきた。したがって、ただ回数を十二回を八回に減らすというまことにだらしのない提案を経営者側がしている。だから、実情はやっていないのでしょう。こういうのは当然のことであって、それを組合委員長が言うといかにもカットしたような印象を与える。こういう種類のことはたくさんございますが、私は一々これを論駁いたしません。

もう先ほどの組合の委員長の話について納得できないことが多々あるわけでありますが、ここは論争の場でありませんから一々申し上げませんが、手元にありました資料について、理事者側の提案から推してこういうことであるのでしょうということを私は具体的に申し上げるわけでございます。

そこで、もう一つだけ。「原研調査項目」というのができておるのをきょうまで存じませんでしたが、原委員の御質疑で、理事者の裁量権に制約があることが労使紛争の根本原因だ、一体そうですかと詰め寄られたと思う。理事長はそれについて、「根本的原因であり」、という書き方について適当でない点をお認めになったようです。これは三六ページですが、五二ページに「原研の労使関係が不安定とされるものは、経営者に与えられた権限と経営の体制が、原研の体質の流動的な発展に追いつけない程固定されたものであること。」そのほか二項目をあげられておるわけです。

この問題は私は午前中に申し上げたことであって、確かに予算によって制約を受け、経営上の制約がなかなかあることは事実でございます。特に経理関係について。ところが、他方において組合は労働三法によって労働権はほぼ完全に保障された要求をすることができてくるわけだ。そこで非常に苦しいということは私どもはよくわかるわけだが、一体原研のいまの労使関係の不安定というものは、そういう制度上の問題であろうかどうかということになる。すなわち根本原因であるかどうかということになると、私はそうでないと今朝来申し上げておるのでございます。

労働問題というものに対する認識が全くない。その一例として超勤の手当の問題もあげ、それから時間内の組合運動の問題も野放し状態、それから労働協約一般の従来の取り扱いの問題も、大体組合運動のイロハがなっていないじゃないか。そういうことは予算上の制約とかなんとかいうことと関係がないことだ。そういうイロハができていない。

もう組合が特殊の性格の組合でありますから、これは私からそういうことを組合に言ってもしょうがありません。

しかし、この組合が悪いのは、これは管理者がぼやぼやしているからだ、管理者が認識不足だ、おざなりだ、親方日の丸で眠っているからこういうことになったのだ、それが根本原因なんじゃないですか。そういうことを私は午前中に申し上げた。そういう点お考えになられたから、理事長は、これを根本原因だというふうに、すなわち機構にその責任をおっつけるということにちゅうちょされたのではないか。私たち国民の税金によって立ち、国民から大きな期待と関心の目をもって見られているということに対する心がまえが足りなかった。労働問題とか労務管理というものに対する真摯な姿勢が正されていなかったということが根本問題じゃないかということを私は午前中に申し上げた。

そういう点を御考慮になって、根本問題、すなわち制度にその責任をすりかえるということをちゅうちょなさったのではないかと私は思うのですが、理事長、いかがでございましょうか。

(菊池参考人) 午前中御返事したとおりでございます。そういう意味で私、非常に責任を感じているということであります。

(森山委員) そういう心がまえの問題だということで……。

(菊池参考人) が大きな責任でございます。

―引用終り―


相田です。原議員の質問の間、労組ペースで進んでいたムードを盛り返すために、森山がここで割って入った。ここでの森山は、午前中に述べた就業時間内の不正な組合活動の話を繰り返しており、新しい内容を述べている訳ではない。一柳氏による「就業時間内で組合活動を行う際の賃金は全てカットされている」との説明に対して、森山は自らのルートで入手した原研労使間の従業条件の覚え書きの内容から、「実情は賃金カットなどされていないのだろう」と、強く反論している。実際の証拠資料に基づく森山の主張の方が、一柳氏の主張よりも説得力があるように思えるのは、やむを得ない処である。

しかし、ここでも森山の本当の目的は、組合側の主張を論破することではなく、問題の責任が原研理事者の管理方法にあるのだという方向に、話を誘導する点にあることを、読者はよく理解するべきである。森山は自らの話の前半において、労組側の就業管理のルーズな対応を激しく糾弾しつつも、それを枕詞にして、原研理事者への責任追及への道筋をつけることを、怠っていない。相当に練りに練ったストーリー創りであり、作戦だと思う。

原研理事が直面する労務管理の難しさについては、後の3月19日に開催された小委員会において、原子力委員の兼重寛九郎が次のように語っている。

―引用始め―

労務問題につきましては、原研は、前に述べましたとおり、その経営を行なうにあたりまして、特殊かつ困難な諸条件があるということは認めなければならないと思うのであります。特に原研の労働関係は、労使対等の原則に立脚した一般労働法規の適用を受けます反面、給与、諸手当等の労働条件の主体をなすものにつきまして国の監督に服するという、民間企業と異なった制約があります。

―引用終り―

相田です。上で兼重が述べるように、原研の労組は一般労働法規の適用を受けることで、理事者側と対等の条件で交渉できる一方で、給与、諸手当等の経理条件は、国(大蔵省)の監督に従って決められてしまう。結果として、理事者側の対応策が民間企業よりも著しく限定されてしまうことが、原研の労使問題の本質であることは、兼重を含めた関係者の誰もが認めるところであった。

しかし、森山はこのような原研理事者側の苦しい事情は認めつつも、途中から「一体原研のいまの労使関係の不安定というものは、そういう制度上の問題であろうかどうかということになる。(中略)私はそうでないと今朝来申し上げておるのでございます」と話の方向を変える。そして「これは管理者がぼやぼやしているからだ、管理者が認識不足だ、おざなりだ、親方日の丸で眠っているからこういうことになったのだ、それが根本原因なんじゃないですか」と、結論を落とし込むのである。最後には、菊池から「そういう意味で私、非常に責任を感じているということであります」という証言を、ここでも引き出すという、念のいった演出まで行っている。

この日の状況を冷静に観察すると、原研労組の一連の反抗的な行動が、森山の「問題の原因が体制にあるのではなく、原研理事者の管理の仕方にある」という主張に、説得力を持たせるための道具として使われたことがわかる。組合が激しく抵抗すればするほど、森山の主張の説得力は増すのである。

2月13日と19日の委員会では、岡議員と菊池により体制側の問題、特に原子力委員会の指導力の無さが問題であることが主張されていた。しかし森山は、労組が激しく体制側に抵抗してきた経緯を逆手にとって、体制の問題ではなく、原研理事者が組合に弱腰だったのが混乱の理由なのだと、話を見事にひっくり返した。あたかもオセロゲームの白黒を一気に裏返すように、この日の森山は「原研労組というコマ」を使って、自民党を大逆転に導いたのである。


4.8 正義は何処にある

森山の質問に続いて、この日初めて岡議員が発言を求めた。岡議員は最初に前回2月13日の質問と同じく、原子力委員会の対応があまりに鈍い点を質した。

―引用始め―

(岡委員) ほかにも質問の方がおられますので、私は特に労使紛争というふうな形でこの問題の経過をあまり取り上げたくはありません。ちょうど兼重さんも来ておられますが、原子力委員会は、原子力研究所の紛争というものに対する責任を感じておられますか。どうもぼやっとしておられるように思うのだが、感じておられるのだろうか。

(駒形説明員) 原子力委員会は、原子力の政策というものを通して日本の原子力を推進するという任務を持っておるのでございます。日本原子力研究所は、この原子力の推進ということについては、非常に大きな役割りを果たしているものでございますから、そういう意味から、原子力委員会というものも、原子力研究所が円滑に運営されていくということをはからなければいけないのじゃないか。でありますから、原子力委員会の立場はそういうふうにすべきであると思います。

(岡委員) いま駒形委員の言われたことを聞くと、原子力委員会は、原子力政策を企画し、決定する機関である、原子力研究所は、原子力政策を推進する中核であるから、この紛争、その停滞に対しては責任をとると言われるのか、とらないと言われるのか。ここをひとつはっきり言ってもらいたい。

(駒形説明員) それぞれやはり担当すべき部門があって、責任をとる、とらぬということの御質問でございますけれども、当然われわれがやるべきことに対して責任をとる、こうお答え申し上げるよりいたし方ありません。

(岡委員) それでは、原子力委員会は一体ことしになってから正規な委員会を何回開かれましたか。そしてこの問題を取り上げられましたか。(中略)とにかく、原子力委員会の常勤の方が二人もこの間まで外国へ行っておられたというようなことは、少なくともいまあなたのおっしゃったように、日本の原子力政策を推進する中核機関がこういう紛争を起こしておるときに、海外へ行っているということ自体、私は非常に不謹慎だと思う。

―引用終り―

相田です。ここでの岡議員の口調は、2月13日での佐藤大臣への質問に較べると、かなり穏やかであり、厳しく追求するような姿勢ではない。自分では自民党を追い込んでいたつもりであったのが、森山に完全にひっくり返されたことで、「やられた、もう取り返しが付かない。うかつだった」と、諦めの境地だったのではないだろうか。対する先代原研理事長の駒形からの回答が、あまりにも中身のない官僚答弁に終始しているのも、会場に漂う空しい雰囲気を際立たせている。更に引用を続ける。

―引用始め―

(岡委員) それから、実は私もきょうは、この春さき、気候もいいし、ほのぼのとした委員会だと思ってきましたところが、昼前にわかに春のあらしどころか、マッカーシー旋風が吹きまくって、たださえノイローゼぎみの菊池さんはじめ、たいへんなことで、私も精神病者の専門で、非常に心配です。マッカーシー旋風が吹きまくってオッペンハイマーが追放された。アメリカにはそういうこともある。しかしこれは、要するに原子兵器をつくる国のできごとである。日本では原子兵器をつくらないのだから、何もマッカーシー旋風が吹く必要もないのに、ことさら吹いてくるところを見ると、何かそういう気がまえでもないかという錯覚に襲われたということを、正直に告白しておきたい。

 それはそれとして、菊池理事長にお尋ねしたい。あなたのほうの共同声明の中で、原子炉の運転をとめたことは紛争の解決上きわめて遺憾であったと反省するという趣旨のことばがございました。これは、あなたも長く理事長をしておられたのだから、そういうとほうもないことを無理無体にやるということは、原研の内部の事情から見てもおもしろくないということは、二月二十二日に炉をとめられない前、あるいは炉をとめるときにそういうお気持ちではなかったかと思うのですが、正直なところをお聞かせ願いたい。

(菊池参考人) 最初その方針でやっておりました。その後いろいろ、これは決して委員会や局からの指示ということではなしに、ただそれでよいかどうかということについて、突っ込んで原子力委員会のほうとも、島村局長とも話し合いをいたしました。そしてその結果、そこに至るまでの私の行なってきた言動から照らしましても、そういうやり方は今回とるべきでない、私はそういうように考えました結果、あの段階で確かにその方針を変えたわけでございます。しかし、これは十分委員会や原子力局、島村君と話し合った末、私も確かにそうだという信念で変えたのでありまして、指示によって変えたというわけではございません。

(岡委員) ちょうど私ども十四日に原研へ参りまして、非常に皆さんにお世話になりました。そのときの私どもの印象では、JPDRの準備はもうほぼでき上がっている、一両日にでもこの運転ができると、現場の責任者も言っているし、理事者の方もその点チヤフルに言っておられた。あの労組の諸君も、処遇上いろいろ不満はあるけれども、炉をとめるというような非常手段に訴えなければならぬような雰囲気でもなければ、情勢でも全然なかった。ところが、JPDRどころか、他の炉も全部とめてしまう。こういうことは原研理事長としての責任を逸脱したことだと思う。そこまでやることは、いまおっしゃいましたが、原子力委員会と御相談の上でおやりになったのですか。

(菊池参考人) 十分に意見を伺いました。そして、ごもっともな意見でもあると思いました。そういう意味で、相談というよりも、御注意をいただき、それを検討したということです。

(岡委員) とにかく(二月の)十三日の日には、島村局長は、この委員会でこういう答弁をしております。JPDRについては、準備の整い次第、争議協定が結ばれ次第に運転をする、そう言っておられる。ところが、さて争議協定が結ばれたかどうか。現地へ行けばもうほとんど一両日で運転ができるという状態にあった。ところが二十日に、いま申しましたように、他の炉も全部運転を停止して、そして争議協定というものが大きく浮かび上がった。(中略)きょうはああいうとほうもないマッカーシー旋風というものが吹いている。推理小説じゃないが、一連の関連があると感ぜざるを得ない。

原研の炉の停止というものを組合側に責任があるかのようなそういう形において、まじめな研究者団体の権威なり名誉というものを棄損するような方向に原子力政策を振り向けていかれるならば、これまた重大問題だと思う。こういう点もこれ以上申し上げませんが、いずれ小委員会等で十分に究明をしたいと思います。これで私は終わります。

―引用終り―

相田です。相変わらずのユーモラスな例えを使っての岡議員の説明であるが、この日の委員会が修羅場になってしまうことを、岡議員は全く予想していなかったらしい。ひと月前の自分が質問した委員会の翌日2月14日に、岡議員は東海村まで出向いたという。組合員からも話を聞きつつ、原研が明るい雰囲気であることに安心していた筈であったのが、まさかの「マッカーシー旋風が吹き荒れる」展開になってしまったようである。

おそらくは、自分と相通じると期待していた菊池が、無残な仕打ちを繰り返し受ける様子を見ていて、つらくなったのだろう。岡議員は原議員のように、菊池の責任を厳しく問い質すことはしなかった。ただ、大型炉を全部止めたことは、原子力委員会の了解を得たものであるのかを、岡議員は訊ねた。

これに対して菊池は、原子炉を止める判断は原子力委員会との間で、十分に相談した結果であると述べている。しかし、私は菊池のこの説明は嘘だと思う。年明け以降の原研では、労組に厳しく対応する必要が無いと菊池が感じていたことは、2月19日の菊池の話から明らかだ。岡議員が「推理小説じゃないが、一連の関連があると感ぜざるを得ない」と述べているように、自民党議員達からの圧力が菊池にあったと考えるのが妥当だと思う。しかし、ここでの菊池はもはや「真実を主張する」ことを放棄していたのだろう。

この日の菊池は、ほとんどの質問者からの集中砲火を浴びて、満身創痍となって国会を去ることとなった。一体、菊池はなぜ、ここまで激しい批判にさらされることになったのだろうか。おそらくそれは、菊池が最後まで「自分の筋」を通そうとしたからだ、と私は思う。原研が混乱した原因について菊池は、「原子力委員会の指導力が不足しているからだ」と、体制側の欠陥を挙げる一方で、30分前予告ストを断行した労組の行動に対しては、「暴挙である」と強く批判した。しかし体制側、労組側にそれぞれ向けられた菊池の鋭い批判は、両組織の正当性を揺るがす危険なものであった、ともいえる。自分の発言が窮地を呼び込んでいることに気付かなかったことが、菊池の失敗だったのだろうか。

体制側(原子力委員会)が菊池を受け入れて、大蔵省と折衝して原研の予算を3年間または5年間確保させる(これは法律上難しいであろうが)か、あるいは、労組が菊池を受け入れて、争議協定を1月中に締結する、等の措置を取っていれば、このような悲劇には至らなかっただろう。しかし体制側、労組は共に菊池に歩み寄ることをせず、あたかも「阿吽の呼吸」をもって、混乱の全ての責任を菊池に押し付けることに成功した。原子力委員会と原研労組の間に根回しがあったとは流石に思えないが、結果として、両者の共同謀議(コンスピラシー)により、理事長の菊池がカモにされて詰め腹を切らされたのだ、と言えるだろう。

ここに至って私は、正義は一体どこにあるのだ、と考えずにはいられない。

さて、岡議員が言及した「この間まで外国に行っていた」原子力委員の一人は、兼重寛九郎であった。3月19日の小委員会における、原子力委員会が作成した「調査項目」書の審議の際には、兼重自身がその説明を行った。そこで兼重は、原研が窮地にあった最中に海外に出張して不在にした理由について、苦しい言い訳を強いられている。しかしこの日の委員会に岡議員は出席しなかった。別件で用があったのだろうが、今さら兼重を問い質したところで、大勢(たいせい)を変えられないと判断したのであろう。

この3月19日の委員会では、前回12日の会議を欠席した佐藤栄作と、中曽根康弘の二人が、白々しくも二人そろって出席している。修羅場が終わって危険が去ったと見たのだろう。前回の主役である森山もこの日の後半に再び登場し、原子力委員や佐藤に向けて「原研労組の活動は、共産党に大きな影響を受けていることを認識すべきである」と、(腹立たしくも)主張している。

ところが面白いことに、この時の佐藤は森山に対し「個々の組合員にも思想の自由はあるのだ。ただそれが他の政治活動を主にするような運動で、現実に問題を引き起こすならば、社会的な批判もあるだろう」と回答した。ここでの佐藤は明らかに、「個々の組合員にも思想の自由はある」と、森山の過激な発言に釘を刺している。後年のノーベル賞受賞者としての、佐藤の度量の深さの一端なのであろうか。今回の一連の問題で、原子力委員長としての佐藤が指導力を見せたのは、記録に残る形ではこの発言だけのように自分には思える。

(第4章終わり)

相田英男 拝



[19]番外編の投稿:重掲[1694]の続きの続き
投稿者:相田(Wired)
投稿日:2014-11-23 23:42:29

 みなさんこんにちは、相田です。
 南部の話の後半を投稿します。

 前回よりもさらに色々と危い内容になっていますが、南部の仕事を一般の方々向けに解説するという無謀な試みを、とりあえず見守って下さい。

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題目「思想対立が引き起こした福島原発事故」

第1章 素粒子論グループの光と影

1.8 〔番外編〕南部陽一郎、朝永門下生のキリスト(その2) 

 さて、前にも述べたが、ここの話は全て西村肇先生が「現代化学」という雑誌に書かれている紹介記事「南部陽一郎の独創性の秘密をさぐる(1)(2)(3)」の受け売りである。西村先生は応用化学の権威である一方で、素粒子物理学に関しても造詣が深く、南部の実力についてかねてから注目されていたという。自らを「南部の追っかけ」であることを公言されている。

 南部が問題の論文で計算した方法は、朝永の「超多時間理論」とは異なり、以前のダンコフが試みたモデルであったという。ダンコフは電子の「自己エネルギー」を計算する際に、計算項の一部を抜かしてしまい、結果として発散が残ってしまった。計算間違いが無ければ10年前に、ダンコフにより「くりこみ」は完成した筈であった。南部は朝永の講義を聴きながらダンコフのモデルの筋の良さを見抜き、自分一人で朝永グループとは異なる手順で、ラムシフトの計算を秘かに行っていたという。

 西村先生によると、南部論文の驚くべき点は朝永グループとの人数差だけではないらしい。電子の「自己エネルギー」を計算する際には、電子から電磁波(光、photonと同じ)が放出され「中間状態となった電子」が、再度電磁波と反応して別の安定状態に至るが、その過程のエネルギー変化を全て計算で求めることになる。朝永グループの計算は「中間状態となった電子」を「通常の電子」1種のみとしているが、南部の論文では「通常の電子」と「反粒子=陽電子」の場合の二通りを考えて計算を行っているという。「中間状態となった電子」が2種類ある場合は、理屈から計算量が3倍に膨らむことになるのだが、その結果として朝永グループとの人数差と合わせると、南部は通常の研究者と比べて何と10倍以上の速度で計算を行っていると、西村先生は述べられている。

 朝永グループも別に皆アホではなく、当代一流の物理学者の集団である。それを相手に10倍以上のスピードでの計算が可能とは、信じがたい話である。しかし南部の元論文(ネットでダウンロード出来る)を見ると、彼の計算の速さの理由が素人の私でも少し見えてくる。

 南部は論文の中で、電子がエネルギーのやり取りを行うそれぞれの過程について、矢印を用いた独特の略図を用いて区別している。西村先生によると南部のこの略図は、当時まだ未発表であった、R.ファインマンが発明したファインマン・ダイアグラムと呼ばれる、素粒子反応の計算方法と同じ物であるらしい。ファインマンは朝永と同じ「くりこみ論」により、ノーベル賞を同時受賞している著名な物理学者である。「ご冗談でしょうファインマンさん」等に代表される、軽妙なエッセイの著者としても知られる。

 ファインマン・ダイアグラムとは、素粒子の生成、消滅反応を、矢印、波線、丸等の単純な記号の組合せて描いた、一見にして子供の落書きのようにしか見えない図形である。しかしながら、それぞれの記号の位置に、定められたルールに従って数式を当て嵌めると、素粒子反応を記述する極めて難解な数式がいとも容易に導かれるという、手品のような物理数学のテクニックである。量子力学の創始者であるN.ボーアは、学会で初めてファインマン自身からこのダイアグラムの説明を聞いた時に、内容があまりにふざけていると感じて激怒したそうである。

 南部は彼自身の論文で、ファインマン・ダイアグラムに近い技法を、何と自ら編み出して、事前に電子のエネルギー変化の過程を厳密に整理、分類した後に、ラムシフトの計算を行っていたらしい。この当時の南部は、まだ20代後半の駆け出し研究者である。真実であるならば、南部の物理センスの凄まじさは言葉を失うレベルである。

 ただし、南部がラムシフトを計算したこの論文に関しての解説は、西村先生以外には見当たらず、南部自身ですらも何故か全くコメントしていないようである。実際の南部の論文を眺めると、西村先生の説明のとおりの内容と私には思えるが、朝永への遠慮とかの様々な支障があって、あえて触れないのであろうか? 南部自身は、武谷、坂田等のように、物理に直接関係ない話をベラベラ主張することを全くしない人なので、「論文に全て書いてあるからそっちを読めばわかる」ということなのであろう。たとえ読んだところで、何が書かれているか全くわからない者が(私を含めて)ほとんどなのであるが・・・・

 南部の物理学者としてのスケールの大きさは日本には収まりきらず、その3年後にはアメリカに渡っている。南部はシカゴ大学に迎えられ、素粒子物理学の教授 -あのE.フェルミと同格の― として、数々の偉大な業績を残すこととなった。南部のノーベル賞受賞の対象となった「対称性の自発的破れ」という理論は、私の学力では理解がおぼつかない難解さである。それでもいえることは南部のこの理論は、固体物理学で知られる超伝導現象を素粒子物理に適用したモデルということである。超伝導とはある種の金属やセラミックス材料の電気抵抗が、一定温度以下の低温でゼロとなる現象である。

 20世紀初頭に発見された超伝導現象のメカニズムは長らく不明なままであったが、1950年代の後半に、バーディーン、クーパー、シュライファーの3人のアメリカ人物理学者により、物質中の2個の電子が組み合わさって運動することで、ボーズ・アインシュタイン凝縮という最低エネルギー状態に落ち込む現象が生じて、超伝導が発現するというモデル(BCS理論)が発表された。当時アメリカに移っていた南部はそのニュースを間近で聞きながら、BCS理論の背後に素粒子物理学との深い相関があることを予感したらしい。数年の考察を経た南部が、1960年に発表した理論が「対称性の自発的破れ」である。

 世の中に存在する物質は莫大な数の原子により構成されており、個々の原子は陽子、中性子、電子等の素粒子により構成される。さらに陽子、中性子の内部にはクオークと呼ばれる微細粒子が存在するとされている。このように物質を構成する要素を微細化、単純化することで自然の本質に迫ることを目的とした学問が、日本の湯川を始祖とする素粒子物理学である。

 それまで多くの物理学者は、個々の素粒子まで自然を単純化してモデル化することで、多数の原子が組み合わさって構成される実際の物質の挙動を、精密に予測し得ると考えていた。しかし南部は、素粒子の持つ性質を突き詰めると、その背後には超伝導と同じ現象が存在していると主張した。言い換えると、物質を究極的に微細化・単純化してゆくと、そこを支配する法則は何と、マクロな物質(多体粒子による構成体)で生じる法則が再び現れるのだという、それまで誰も考えもしなかった破天荒で逆説的な考え方を、南部は導入したのである。

 今盛んに報道されている「ヒッグス粒子」に関するP.ヒッグスの論文は、南部の「対称性の自発的破れ」に関する論文の、ほとんど焼き写しであることはよく知られている。南部の論文に示唆を受けたヒッグスは、自らのアイデアを論文に纏めて多数の学会誌に投稿するものの、掲載を全て拒絶されてしまったという。しかしある論文誌の査読者を務めていた南部自身がヒッグスの論文を目にして、「いい内容だ、がんばれ」と勇気づけた(encourageした)という。この論文がヒッグスのノーベル賞受賞の対象となった。

 さらにそのヒッグス論文のモデルを用いて、グラショウ、ワインバーグ、サラムの3人の物理学者が、電磁気力(電磁気的相互作用)と弱い相互作用という二つの現象を併せて記述できる「弱電統一理論」というモデルを60年代後半に提案した。70年代になりこの弱電統一理論により予測される粒子が加速器実験により確認されたことで、提案者の3人は1979年にノーベル賞を受賞し、素粒子物理学の理論体系は一応の完成を見たとみなされるようになった。しかし、これらの一連のモデルのそもそもの起源は、南部による超伝導現象(固体物理学)と素粒子物理学の融合という、他に類を見ない独創的な発想にあるのである。

 南部がこの理論を考え付いた理由の一つに、彼の出身大学が東大だったことが挙げられる。東大は素粒子物理学では湯川、朝永、坂田を輩出した京大に出遅れていたが、統計物理学や固体物理学等の多体現象を扱う分野が伝統的に強い。伏見康治も統計物理学の専門家である。朝永教室に通う前の南部も固体物理学を深く学んでいたことから、BCS理論が発表された当時に、そこに潜む重要性を直感で見抜くことが出来たといわれる。

 しかし戦後の東大は、南部やその同世代の若手の素粒子物理学者達を冷遇し、彼らを全て大阪市立大学等の地方の新設大学等に放逐してしまった。武谷は当時、彼ら東大の若手素粒子物理学者達の才能を惜しみ、東京に残してくれるように大学側に何度も懇願したが、聞き入れられなかったという。その後に彼らの幾人かは東大に戻されたが、アメリカに渡った南部は二度と日本の大学に帰ることはなかった。

 南部がノーベル賞を受賞した際に、文科省が「あれはアメリカ人の仕事だ」と南部の業績を軽くあしらったのは、南部の実力を見抜くことが出来ずに追放してしまった東大学閥OBの思惑も関係している。南部は60年代末に国籍をアメリカに移してはいるが、南部の非凡な才能は東大時代に既に開花していた。

 ちなみに南部の業績はこれだけではなく、クオークの性質に「色」という新たな「自由度」の概念を持ち込んだ「クオーク色力学」の創生と、素粒子の挙動が点ではなく、一定の長さを有する「ひも」として記述されるという「ひも理論」の開祖もまた南部なのである。「クオーク色力学」「ひも理論」それぞれが、ノーベル賞に値する優れた発見であると言われる。

 日本の「歴代の物理学者」の中で最もスキルが高いのは、仁科でも湯川でも朝永でも坂田でもなく、南部なのだとプロの物理屋の中では語られている。その一方で、南部のノーベル賞受賞は80歳を過ぎてからとあまりにも遅かった。南部の凄まじい才能に脅威を覚えた、アメリカの物理学者達の働きかけがその一因にあるとも言われている。

 戦後に若手科学者達が貧しい日本から、海外に頭脳流出することが問題にされた際に、武谷は「(物理学者では)南部以外は、別にいなくなってもどうってことない」と、コメントしたそうである。一方の南部は、研究に取り組む際には単なる数式上の整合性だけではなく、「自分のモデルが実体として存在する場合にどうなるか?」と、つねに考え続けていたという。武谷三段階論が科学の方法論として有効であるのならば、南部の一連の研究成果こそは、坂田のそれをも上回る三段階論の理想が結晶化した姿であると、おそらくはいえるのだろう。

 あの大変口の悪い益川氏も、ノーベル賞を南部と共同受賞する件を聞かれた際には、感動が込み上げて人目も憚らずに涙を流したという。当然ながら益川氏は、南部の実力についてよく知っている。益川氏のひねくれた物腰を私は好きではないが、南部のことを思った際に思わず出た、自分の気持ちに正直な態度には好感が持てる。

(番外編終わり)

相田英男 拝



[17]番外編の投稿:重掲[1694]の続き
投稿者:相田 (Wired)
投稿日:2014-11-19 22:53:32

 突然お邪魔します。相田といいます。

 以下の書き込みは、重掲[1694]で書いていた原子力開発に関する論考の続きです。今回の内容は原子力に全く関係しないため、番外編としてこちらに投稿します。

 この話を投稿するべきか、私は相当に悩みましたが、恥を忍んで載せてみます。下に記すように、今回の内容は実は、西村肇先生が「現代化学」という雑誌に書かれた紹介文の丸々引き写しだからです。それでも、南部陽一郎(なんぶよういちろう)の生様(いきざま)を、物理に関係ない方々に、何とかわかりやすく説明するべく纏めてみました。

 プロの方からは突っ込みの嵐だと思いますが、もっと正確に、わかりやすく説明できる方がおられたら、ぜひとも御指摘頂きたく・・・・

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題目「思想対立が引き起こした福島原発事故」

第1章 素粒子論グループの光と影

1.8 〔番外編〕南部陽一郎、朝永門下生のキリスト 

以下の章では湯川のライバルとして名高い朝永にゆかりのある人物にスポットをあてる。最初に南部陽一郎(なんぶよういちろう)という学者についてふれる。ここでの南部の話は、原子力開発とはほとんど関係のない、はっきり言って余談である。本論考は別に、私の素粒子物理学の薀蓄(うんちく)を述べるのが目的ではなく、そのような資格も私には全くないことも自覚している。しかし、日本の素粒子物理の歴史に触れるからには、南部の話はどうしても入れたいと、自分の不勉強を重々承知の上で、私は思った。

 さらにここでの話は、西村肇先生が「現代化学」という雑誌で書かれた南部の紹介文「南部陽一郎の独創性の秘密を探る(1)(2)(3)」からの、完全な引き写しであることを素直に告白する。ただし、西村先生の話は、基本的にはプロの研究者に向けて書かれた内容であり、一般の方々にはやはりハードルが高いと私には思える。

南部はまだ存命であり、長年暮らしたシカゴの自宅を引き払って、今では大阪豊中で静かに暮らしているらしい。大変失礼な言い方ではあるが、南部がまだ健在なうちに(既に90歳を越えている)、学問の世界で彼がどのような位置づけにある人なのかを、一般の方々にも少しでも理解して頂ければと、この欄を加えた。

 ちなみに私は素粒子物理学の基礎となる「場の量子論(ばのりょうしろん)」については、全く理解できていないことを告白しておく。マルクスの「資本論」を読んで「場の量子論」を勉強したりすると、とてもではないが、仕事の合間にこのような論考を纏める時間など、自分には無くなってしまう。それを考えると武谷、坂田等が20代でこれらの知見に精通していたことは、誠に偉大であると素直に思う。

 さて、私が南部の名前を知ったのは、バブルが弾けた後の私が社会人になりたての時期に、アメリカ留学から戻ったとある研究者の方と知り合った時である。その方から私は、「シカゴ大学に、素粒子物理に関するカリスマ的な実力と存在感を持つ南部という日本人学者がいるが、日本では一般に全く名前が知られていない」、という話を聞いた。その方はシカゴで、南部と会って話したことがあるとも言われた。私がその後に南部の話に触れたのは、西村先生が副島先生との幻の対談の中で、南部について「ものすごい実力を持つ学者だ」とコメントされていたのを読んだ時で、やはりそうなのかと私は思った。

 2008年に南部は、益川、小林と3名同時にノーベル物理学賞を受賞したことから、一般にも多少はその名が知られるようになった。ノーベル賞受賞時には益川氏のインパクトが強すぎて、マスコミの南部の扱いは地味なものであった。しかしながら、物理学者の間では3人の中では南部への評価がダントツに高い。他の二人は南部にノーベル賞を渡すためのサクラというか、引き立て役の印象が強い。あまり知られていないが、あの時のノーベル賞の賞金は、半分を南部が受け取り、残りの1/4ずつを益川、小林で分け合っている。益川、小林の発見は二人の共同作業によることが理由であるが、南部と他の二人では研究のレベルが違うことを、ノーベル財団がはっきり認めているともいえる。

実は南部は武谷三男との関係も非常に深く、武谷三段階論の有力な支持者でもある。南部は自身の回顧録やインタビューの中で、「自分が物理モデルを考える際には武谷の三段階論を参考にしている」と、度々言及している。そのようなこともあり、以下の話は武谷に関するスピンオフ的な話として、読んでいただければと思う。

南部の生まれは東京であるが、幼少時に関東大震災に遭遇した一家が、父親の故郷の福井県に疎開したことで、東大入学まで南部は福井で過ごしている。南部の東大時代は太平洋戦争の真っただ中であったため、1年間早く大学を卒業させられた南部は、終戦まで陸軍に入隊して過ごした経歴を持つ。終戦後の荒れ果てた環境で東大に戻った南部は、大学の研究室に泊まり込みながら、多くの先輩や仲間と共に研究活動に没頭したという。

東大には京大と違って、素粒子物理学に詳しい教授は非常に少なく、南部は東大の主流であった統計物理学や固体物理学を学んでいた。しかし、友人の木庭二郎(こばじろう)が理研の朝永の弟子となり素粒子物理学を専攻したことから、南部も一緒に朝永の勉強会に参加することになった。

当時は理研に所属していた武谷が、湯川の弟子の一人で東大に移って来た、素粒子論グループの世話役でもある中村誠太郎(なかむらせいたろう)に会うために、頻繁に東大を訪れていたという。武谷と南部は次第に懇意となり、議論を交わすこともしばしばあったらしい。そこで武谷の哲学を繰り返し聞かされた南部は、否応なく武谷の三段階論を受け入れることになったと、後のインタビューでコメントしている。但し、南部が武谷から受け入れたのは三段階論の方法論のみであり、左翼思想についての関心は特に無かったらしい。

武谷については好意的な南部であるが、研究に左翼思想を頻繁に持ち込む坂田昌一(さかたしょういち)には厳しいコメントも残している。南部はアメリカでインタビューを受けた際に坂田について触れている。そこで南部は、晩年の坂田が研究を止めてしまい政治活動にのめり込んだ結果として、日本の素粒子物理学は坂田に批判的な関東を中心とするグループと、坂田を擁護する関西・西日本グループの東西に2分されてしまったと述べている。南部自身は武谷流の「実体」を重視する哲学を持っていたのだが、「自分は東大出身であったためか、何故か関東グループの一員とみなされてしまった」、ということである。
 
ここで南部の師ともいえる朝永振一郎の研究について触れる。朝永は終戦後には活動の場を理研から東京文理科大(後の東京教育大学で現在は筑波大学に改組される)に移しつつあった。

 朝永の研究課題は、マックスウェルの電磁場方程式と量子力学を組み合わせた「量子電磁気学」である。当時、マックスウェル方程式により電子等の電荷を持つ素粒子を扱う場合には、量子力学との間で深刻な矛盾が存在していた。問題をごく簡単に説明すると、電子が有する電磁気エネルギーは、電子からの距離rに対して1/rで減少するのだが、電子は大きさを持たない「点」であるため、極限まで電子の中心に近い領域では、電子1個の持つエネルギーが計算上は無限大に増加してしまうのである。

 また電子は、それ自体が周囲に光を放出して他の電子と、場合によっては自分自身ともエネルギーのやり取りを行う。これを電子の自己相互作用(じこそうごさよう)と呼ぶ。素粒子の持つエネルギーは、アインシュタインの相対性理論から導かれるE=mc2の関係式から、その一部が質量mに転化される場合があるのだが、電子の自己相互作用のエネルギー変化を厳密に積分計算すると、電子の質量もまた無限大となってしまうという、これまた厄介な結果が待ち受けていた。電子1個の持つエネルギーや質量が無限大になることなど、現実の世界ではあり得ないため、理論に矛盾があることは明らかであった。

 この電磁気学と量子力学を組み合わせた際に現れる、積分の無限大を解決するために考えられた方法が「くりこみ」である。「くりこみ」の厳密な内容については、私の今の理解では満足いく説明は不可能であるため、ここでは話を端折って進める。一つの例えでは「くりこみ」とは、『電子の中心のエネルギーが無限大に増加するのであれば、電子の質量は逆に「負の無限大」となるように積分の項を再構成して、正負の無限大を足し合わせて有限の値を得ること』、であるらしい。

 こんな説明では「一体なんだそれは!?」と誰もが怒ると推測するが、ここではこの内容で勘弁して頂きたい。積分内部の無限大となる項を上手に整理して、計算結果を有限の値に戻してしまう数学的な操作である。説明は簡単であるが、単なるその場しのぎの計算テクニックではなく、数式に対する深い物理的な理解に裏打ちされた理論である。

 「くりこみ」の可能性については、朝永以前からアメリカの物理学者達によりしばしば提案がなされていたそうである。「無限大の発散」の問題について初めて指摘したのは、後にアメリカの原爆開発のリーダーとして活躍するオッペンハイマーである。1937年にオッペンハイマーの弟子のダンコフという物理学者は、1個の電子が発生する「自己相互作用」の効果について逐一仮定、計算して、くりこみの実現を狙ったが、結局は無限大を解消出来ずに終わった。

 一方で電磁場を量子化する理論式は1930年代に、コペンハーゲンのハイゼンベルクやパウリ、ディラック等により体系化されていたが、朝永はこの理論式がアインシュタインの相対性理論との対応ができていないことが問題だと推測し、戦争中に理論の再検討を行い、「超多時間理論」という洗練された理論を編み出した。「超多時間理論」のわかりやすい説明は私には不可能なのだが、この過程では無限大となる積分項の分類と、数学的な振る舞いの詳細な検討が、朝永により行われたようである。

 戦後に東京文理大学で、弟子たちとの物理の勉強会を再開した朝永は、残された「無限大の発散」の難題を解決するべく議論を進めていった。当時、湯川の下を離れて名大に移った坂田から、「C中間子」という仮想的な粒子を導入することで、発散が解消できるとの報告がなされた。坂田の話に当初は半信半疑であった朝永であったが、弟子たちの計算によりC中間子の効果で、無限大の積分項の一部が解消することが示された。この経験から朝永は「くりこみ」の有効性に注目し始めたという。

 折しも1947年にアメリカより一つのニュースがもたらされた。ラムとレジャフォードにより、水素原子中の特定の軌道の電子について最新の測定技術でエネルギーを調べた結果、ディラック方程式から導かれる理論値から約 1000 MHz のエネルギー差があることがわかった。この電子のエネルギーのずれは「ラムシフト」と呼ばれたが、その理由としては、電子の電磁気エネルギーが自分自体に影響する「自己相互作用」の影響と予想された。

 ラムシフトを理論計算で導くには、積分で発散を生じない量子電磁気学的なモデルが必要となるため、アメリカ中の物理学者によりラムシフトの導出が進められた。この知らせを聞いた朝永グループは、それまでの研究から完成した「くりこみ論」を用いて、ラムシフトの計算に取組み、正確な値を得ることに成功し、後年の朝永のノーベル賞受賞に繋がった、とされる。

 ここまでの話が一般に語られている、朝永のノーベル賞受賞に至るまでの所謂「顕教(けんきょう)」であるのだが、その裏でほとんど注目されていない一つの事実があることを、西村肇先生は指摘されている。

 朝永グループによるラムシフトの値を1076MHzと計算した論文は、1949年4月に出版された日本の英文雑誌「Progress of Theoretical Particle Physics」に掲載された。この論文誌(略称PTP)は、戦後に湯川が日本の理論物理学のレベル向上を目指して、半ば自費出版の形で始めた雑誌であり、素粒子論グループの研究成果の多くはPTPに発表されている。しかし朝永グループの論文発表の3か月前のPTPの1月号には、ラムシフトの値を1019MHzと計算で導いた論文が既に掲載されているのである。論文の投稿者は南部陽一郎である。

 文理大の勉強会では朝永グループの一員として計算に協力することは無く、後ろの方でただ講義を黙って聞き続けていた南部であるが、自ら一人で朝永グループと別にラムシフトの計算に取り組んでいたのである。驚くべきことに朝永論文では、朝永自身を含む5人以上で計算を分担したのに対し、南部の計算はたった一人だけ、にもかかわらず、南部は朝永グループよりも先にラムシフトの値を導き出し、論文に纏め上げている。論文の投稿日は南部の方が1ケ月早い。

(つづく)



[15]地球の電気8
投稿者:澤田 正典
投稿日:2014-11-05 02:32:06

澤田正典です。会員番号2953です。今日は平成26年11月5日です。

つづき
 地殻電流は、地殻内部の地下水を電気分解します。

 地震は、地下水の電気分解で発生します。

 地下水が電気分解されると、帯水層の下側に水素が、上側に酸素が発生します。

 次第に電気分解が進むと、最後に重水が残ります。

 花崗岩の中にある天然ウランで重水素が核融合反応を起こすとき、電磁パルスが発生します。

 これを観測すると地震予報が可能です。

 電磁パルスは大気中にイオンを発生させます。

 宏観現象の原因にもなります。

 地震雲も作ります。

 ナマズも暴れます。

 電波のシンチレーションの原因にもなります。

 ヘリウムもできます。

 電気分解が最終段階を迎えると、発生した酸素ガス、水素ガスが電気抵抗となるので、地殻電流が縮小します。

 このとき、帯水層を中心にコンデンサが形成され、電荷が蓄積されます。

 すると等電位ポテンシャル面が沈み込みます。

 これは電離層にも影響が及ぶので、やはり電波のシンチレーションの原因になります。

 また、地電流の変化をはじめ、多くの地震電磁気学的現象の原因となります。

 このコンデンサの絶縁が破壊するとき、いっせいに常温核融合反応の臨界条件が整い、地震になります。

 地殻には、もともと圧力がかかっています。

 核爆発の初期段階においては、圧縮軸方向へ向かっては、爆圧は進行できません。

 もっとも圧力の弱い、圧縮軸の直角成分にだけ、爆圧が進行します。

 このとき爆心地は空隙になっています。

 それまで一軸圧縮の圧力を支えていた質量が爆心において消滅しています。

 圧縮軸成分においては爆心に向かって変位します。

 そのあとで、核爆発の成長に伴い、圧縮軸方向へも爆圧が進行します。

 結果として、地震に特徴的な「押し領域」、「引き領域」が形成されます。

 火山爆発も同じプロセスです。

 御嶽山のように。

 どうやれば自分の身を守れるのか、もう、わかりますね。

 かつてマグニチュード9ほどの威力のある核爆弾が存在しました。

 ツァーリ・ボンバーという、旧ソ連が実施した核実験で使われた3F爆弾です。

 重水素化リチウムの量を増やす、ウラン238の量を増やす、それだけで3F爆弾の威力を幾らでも上げらます。

 天然の重水がプレート境界や地殻内部や火山体にあれば、それを電磁パルス兵器で起爆できます。

 また、電離層にマイクロ波を照射すると、オーロラが電離層に当たったときと同様に、極超長波ELF波の周波数の電磁波が放射されます。

 この長い波長の電波は、地殻内部まで届きます。

 地殻内部に、もし地震の準備段階にあるコンデンサがあるとき、
ELF波は、このコンデンサに蓄積された電荷を振動させます。

 すると、コンデンサの両極に強い電圧がかかります。

 これがコンデンサの絶縁を破壊し、地震を発生させます。

 気象兵器は簡単な原理です。

 マイクロ波のビームを低仰角で放射すると、電離層で全反射して、地球全体にビームを伸ばせます。

 二方向から照射して、目的地でクロスさせることもできます。

 もともと、台風や低気圧、積乱雲のあるところでは電離層が下向きに飛び出ています。

 そこでマイクロ波は吸収され、成層圏の大気を電離させます。

 電磁レンジでプラズマを作る実験と同じです。

 これで電離層から対流圏に向けて正電荷(プラスイオン)を直接的に供給できます。

 狙ったところの大気電流や地殻電流を意図的に大きくできます。

 台風を巨大化させ、異常発達した積乱雲を生成できます。

 竜巻も作れます。

 移動もできます。

 停止もできます。

 地殻内部に電流を多く流すことで地下水の電気分解を促進し、地殻内部に重水の濃縮を促すこともできます。

 地球の中心は正電荷、そのまわりに負電荷。

 地殻電流 = 大気電流

 太陽風は地球の極域に正電荷と負電荷を吹き入れる。

 太陽風の正電荷は電離層へ、負電荷は電位差に従って、マントルから電離層のあいだの、どこかへ移動する。

 電気分解により水素が発生する。

 この水素が、酸化された有機物を還元して、炭化水素や炭素を作る。

 メタンハイドレート、石炭、石油の生成過程がわかります。

 解明してみれば、そんなに難しい仕組みではありませんでした。

 地球の仕組みを悪用して、罪亡き人を津波と地震と火山爆発と集中豪雨で殺し、脅迫して、金を奪いつくした。

 そんな人の魂には、消えない重い罪が残ります。

 覚悟しろ。

澤田正典 拝



[14]常温核融合とアポロの月面着陸について
投稿者:澤田 正典
投稿日:2014-10-19 19:59:07

 澤田正典です。会員番号2953です。今日は平成26年10月19日です。

 常温核融合に、イギリスの13歳の少年が成功して、重水素からヘリウムを作り、それまでの14歳の少年が持っていた史上最年少記録を塗り替えたとのニュースが今年の3月くらいにあったようです。

「史上最年少! 13歳の少年、核融合が可能な原子炉を作る(動画あり) : ギズモード・ジャパン:」
http://www.gizmodo.jp/2014/03/13_11.html

「史上最年少! 13歳の少年、核融合が可能な原子炉を作る(動画あり) - ライブドアニュース:」
http://news.livedoor.com/article/detail/8605651/

「13歳少年、核融合炉の作成に成功 - CNET Japan:」
http://japan.cnet.com/news/society/35044845/

 また、別の話題として、常温核融合のプロセスを用いた兵器関連の情報もユーチューブで得られます。

「常温核融合による小型核爆弾起爆テクノロジー - YouTube:」
 https://www.youtube.com/watch?v=l5LGLcrrkeU


 別件です。月面における放射線の大きさは、次のような計算手順で求められそうです。試算方法の一つとして。


計算手順1

静止軌道上における太陽風の観測データから得られた、太陽風の密度と速度

密度 1立方センチメートルのなかに、おおむね5個以上。
速度 秒速400km前後以上。
   =秒速40,000,000cm以上


計算手順2

1秒間あたりの1平方センチメートルあたりの粒子数
40,000,000 × 5 = 200,000,000

1分間あたりの1平方センチメートルあたりの粒子数
200,000,000 × 60秒 = 12,000,000,000


計算手順3

ベータ線の1分間当たりカウント数(cpm)からシーベルト(Sv)への換算式(ただし地上で放射性物質が出すベータ線の場合)

(0.187μSv/h)/1000cpm
(0.187ナノSv/h)/cpm


計算手順4
静止軌道において太陽風によるベータ線被爆のシーベルト換算
0.187 × 12,000,000,000
= 2.244Sv/h

 太陽風の速度がベータ線の速度、威力となりますから、地表に静止している放射性物質がポツッと出すベータ線などと比べたら、太陽風のほうが、やっぱり威力は強そうだ。とすると、実際の被ばく線量は、下手すると即死レベルかと懸念します。

 ヴァンアレン帯から離れた静止軌道上において、太陽が静かな場合ですら、これくらいの数値が見積もられそうですので、1969年に、月面で、宇宙服を着て、月の探検をしたというお話は・・・

 澤田正典 拝



[13]地球の電気7
投稿者:澤田 正典
投稿日:2014-09-06 09:47:55

澤田正典です。会員番号2953です。今日は平成26年9月6日です。

つづき
 マグマについて説明します。マグマは高温高圧で水分を多く含む液体の岩石です。これは地殻内部において実に不思議な動き方をするので、火山学者たちが、そのメカニズムを解明するために四苦八苦しています。これを解明します。

 マグマは、高温であるうちは、電気抵抗が非常に低いです。これが重要な意味を持っています。そして、同じように電気をよく通す、地殻の層の下部に控えている、豊富な電子量を持つマントル層との間における、電気的な接続の有無によって、その動的活性が決まります。マグマの温度が下がって電気抵抗が大きくなったり、もしくはマントル層との間において、何らかの原因により電気的な断線が発生すると、そのマグマは動的活性を失います。

 地殻層最下部、つまりマントルとの境界面から、はるばると地殻表面付近まで浮上してきたマグマは、冷たい地殻に触れながら上昇してきますので、そのままでは温度が次第に低下して固まってしまいます。粘性が大きいですから、はるか彼方、地下60km以上もの深部にあるマントル層とのあいだで、対流によって熱交換しながらマグマに熱を連続供給することはできません。構造体内部における熱伝導は可能ですが、運搬できる熱量に限界があり、地殻に冷やされる速度と釣り合った部分で温度が平衡状態になります。この時点でマグマの動的活性も失われます。マグマがさらなる動的活性を獲得できるためには、別の方法で加熱されるメカニズムが求められます。

 マグマは、高温の状態かつ、マントル層との電気的な接続が維持されている条件下においては、電圧の加わった電線と同じ状態になっています。マグマと地殻との間に形成された境界面のことを火道と呼びますが、火道の周囲には、電離層から大気経由で供給されたプラスの電荷が集まります。この境界面からマグマの中に電流が流れることにより熱が作られて、マグマに熱量を与えます。(ニクロム線に電気を流して発熱させるメカニズムと同じです。電位差が大きいので、電流が少なめであったとしても、電力は大きくなります。)

 マグマは、地殻から冷却されながら強い圧力で抑えつけられていますから、熱量が追加供給されなければ動けないのです。

 地殻が、基本的には水平成分に積み重なった地層の集積になっていることと対照的に、マグマは鉛直成分の強い構造を持っており、多くの場合、マントル層との電気的な接続が成立しています。地殻内部には電気抵抗の小さい層が含まれており、こういった層と火道との交点において効率よく電流が流れることにより、地震を引き起こすような、極端な電荷の蓄積を回避できる場合があります。そのため、火山性地震が発生しない場合においても、マグマは動的活性を獲得できる場合があります。事実、表面上なんの前触れも無いにも関わらず、いきなりマグマが動いたかのような現象が発生している様子です。

 マグマの動的活性は、電離層から大気経由で供給されるプラスの電荷の量に比例します。(捉え方の問題ですから、マントル層からのマイナスの電荷、つまり電子の供給量に比例すると言い換えても、同じ意味です。ただ、電離層から大気を介して供給されたプラスの電荷の分だけしか、マグマの中の電子も移動できません。)

 火山活動も地震活動と共通したエネルギー供給のメカニズムを持っていますから、電波の伝播異常や電離層のモニタリングといった手法で、火道に供給された電荷等の電気的なエネルギーの積算量を求め、マグマに追加された熱量として換算できる可能性があります。そこから噴火予測までは、少し基礎研究が必要になりそうですが、熱量がわかれば、糸口は十分に掴めています。地殻変動の監視は、ここで役に立つと思います。なぜなら、どの程度の熱量が加わったときにマグマ溜りが体積変化を起こすのか、対応関係が掴めるからです。マグマ溜りの体積変化と噴火活動との時間的、規模的な関係は、火山ごとに経験的なパターンを観察する意味がありそうです。

 群発地震についても、同様のメカニズムに基づいた推理をする価値がありそうです。ただ、群発地震の場合、要因となる物質が複数あるようです。マグマなのか、水なのか、別要因なのか、ケースごとの分析が求められます。

 プレート境界型の大地震が発生すると、そのプレート境界周辺の火山の活動が活発になる傾向があるといわれています。これは、地震を起こした絶縁体の周囲に集められていたプラスの電荷の一部が、その周囲にある火道へと移動して、マグマの加熱に用いられることによります。火道がある場合、水平方向にも電場が存在するので、電荷も水平方向に移動できることになります。プレート境界型の地震に限らず、火山活動と地震活動は、同領域において同時に活発化しやすいことが知られています。

 海底火山や火山島の場合、陸上にある火山とは少し、電気的な環境が異なります。海水が良導体で電気をよく通すため、周辺海域のかなり広い範囲を対象として、大気から受け取ったプラスの電荷を吸収できるようです。ハワイ島の火山が、そのパターンです。四六時中、マグマが溢れ出ています。もちろん、マントル対流の効果も加わっているのでしょう。
 (小笠原諸島の西方にある、西ノ島という火山島において、昨年から大量のマグマの流出が続いております。この火道によって、周辺海域の電気的なエネルギーを吸収している可能性があります。)

 火山が噴火すると、火山雷といって、噴煙の中で活発な放電現象が見られることがあります。これはマグマが電子を大気中に放出するためです。電離層と火口との間で、大気を介した電流が流れます。どちらも電極のようなものです。

 雷に関して言えば、私たちが普段経験する夏の積乱雲による雷や、北陸地方における秋から冬に見られる雷も、意味は同じです。赤道付近の、熱帯地方における雷も、同じです。地殻や海面から放出された電子を、大気を介して電離層へと届けているのです。例外として、移動性の積乱雲の中に蓄積された大量の電子の、ほんの一部だけが、地面との距離の短さと、大きな電位差によって、落雷として地殻表面に逆流する場合があります。

 電子は、必ず、地殻から電離層へと移動します。電子は、電離層から地殻へ向かっては、動きません。そのような電場は存在しません。大気の成層圏においてみられる、スプライト等の放電現象では、対流圏の最上面である圏界面から電離層へ向けて電子が移動しています。
つづく

 澤田正典 拝



[12]地球の電気6
投稿者:澤田 正典
投稿日:2014-09-04 07:54:37

澤田正典です。会員番号2953です。今日は平成26年9月4日です。

つづき
 地殻深部にプラスの電荷が蓄積されていくと、その地点における地上側において少しずつ電子量が減少していきます。等電位ポテンシャル面が沈み込んでいくためです。この沈み込みにしたがって大気中においてはプラスの電荷の存在比率が次第に大きくなっていきます。これをモニタリングすると地震予知が可能です。

 大阪市立大学名誉教授の弘原海 清氏は、この方法で地震予知に成功されました。

 大気中のプラスの電荷の存在比率が次第に大きくなるにつれて大気中の電子量が減少するため、この領域だけ電波の減衰率が低下します。これをモニタリングすると地震予知が可能です。

 北海道大学地震火山研究観測センターの森谷武男氏は、この方法で地震予知を実現されました。

 等電位ポテンシャル面の凹みは電離層にも影響を与えます。電離層はプラズマで構成されるので長周期の電波であれば鏡のように反射します。この電離層も、等電位ポテンシャル面の凹みに従って、下向きに凹みます。このことが原因となって、VLF帯の電波の伝播時間の短縮といった伝播異常が発生します。この異常をモニタリングすれば、地下の電荷の分布がわかりますから地震予知はできます。

 電気通信大学名誉教授の早川正士氏は、この方法で地震予知を実現されています。

 地下に潜んでいる、極めて電気抵抗の大きな層における電荷の蓄積が進んでいくと、その境界面には次第に大きな電圧が加わっていきます。やがて、少しずつ絶縁が破れてわずかずつ電流が流れ始めます。これは放電現象ですので、非常に広帯域の電波ノイズを放出します。電界の変動ノイズですから、周囲に伝播していくことになります。電離層にも影響して上空にある電波の鏡面が震動します。すると、ここに当たった電波の帯域が拡がるという現象を起こします。これを観測する方法でも、地震予知はできます。

 八ヶ岳南麓天文台台長の串田嘉男氏は、この方法で地震予報を実現されています。

 等電位ポテンシャル面の凹みが大きくなると、水平方向の成分において大きな地電位の変化が起きます。これを捉えるのがVAN法という地震予知方法です。ギリシャでは高い成功率を誇る地震予知方法です。

 理化学研究所の上田誠也氏が取り組まれた手法です。

 電離層が下に凹むとき、その部分の電離層内部における電子量に変化が生じます。凹んだ部分に流れ込むように、電離層上部にある電子が集まってきます。これを捉えることでも地震予知が可能になる可能性があります。

 北海道大学の日置教授による研究があります。
 GNSS連続観測点等の観測データなどを用いても、電離層の電子量をモニタリングできます。

 実際には、もっと沢山の、官民の研究者たちが地震予知を実現なされている様子です。また、NPO法人の日本地震予知協会の佐々木洋治氏による佐々木理論がすばらしい。もちろん、他にも大気電気学等広い学問分野において、大勢の優秀な研究者たちが沢山おられます。たとえば上下成分の地電位の変化を観測した研究者などがおられました。とても大切な研究だった。

 大気中の電荷密度の変化は、生命体の体内に含まれる電子量の変化にも繋がります。生命体の体内における情報伝達は電気的に行われているでしょうから、電子量が減ると生命活動において緊張感が漂うはずです。当然、宏観現象として多くの生命体の行動の異常が確認されることになります。
 従って、宏観現象に基づいた地震予知研究も当然、正しいと思われます。

 ・・・地震雲の発生メカニズムについては、のちほど解明を試みます。
つづく

 澤田正典 拝



[11]地球の電気5
投稿者:澤田 正典
投稿日:2014-09-03 20:56:12

澤田正典です。会員番号2953です。今日は平成26年9月3日です。

つづき
 地震のメカニズムを把握する上で、地殻内部における電気の流れ方が重要になります。地殻は半導体です。電気抵抗が大きいので、大きな電圧がかからないと電荷が移動できません。

 最初に述べたとおり、地球の中心は強力なプラスの電荷を持っており、その周辺には電子が高密度に集まっているとの仮説に立てば、地殻は下側に強力なマイナスの電荷を抱えていることになります。そして大気上空には電離層が強力なプラスの電荷を持っています。対流圏の内部も、プラスの電荷のイオンが優位的になっています。

 つまり、地殻には上下方向に強い電場が加わっていると考えられます。この力により、地殻内部においては電気抵抗が大きいながらも、上下方向においては、一方向限定とはいえ、やすやすと電荷が移動できる仕組みになっています。対して、水平方向には電場が掛かっていませんのでほとんど移動できません。

 大気中を漂うプラスの電荷が地表に到達したとき、地殻表面から電子を奪っていきます。電子を奪われた地殻表面は、電圧を受けていますから、奪われた分だけ地殻内部から電子を引き出します。この電子の動きは地殻深部へ向けて連鎖していき、やがて、地下に潜んでいる、極めて電気抵抗の大きな層に到着します。この層の地表側において、プラスの電荷は捉えられて蓄電されていきます。

 プラスの電荷が地下へ移行するといっても、たとえば何らかの物質が地下にもぐりこんでいくわけではありません。大気中を漂っていた、プラスの電荷を持つイオンが、地殻表面の電子を引き抜いた分だけ、地殻内部に電子密度の低下した領域が発生し、時間と共にその領域が地下深部へと移行していくことを意味します。
つづく

 澤田正典 拝



[10]地球の電気4
投稿者:澤田 正典
投稿日:2014-08-31 23:17:31

澤田正典です。会員番号2953です。今日は平成26年8月31日です。

つづき
 地球では電気の流れ方において、いくつかの方式があります。

 まず、導体の中を電子が移動する方式があります。海水や電離層においては導体と同様に、電子の運搬は速やかに進行します。

 次に、半導体の中を電子が移動する方式があります。導体ほどには電気抵抗は小さくないが、絶縁体とは異なり強い電圧が加われば電子が移動します。地殻は、場所によって電気抵抗の異なる部分が層をなしている、半導体の集合として構成されています。電気抵抗が大きくなるほど絶縁体(誘電体)の性質が強くなり、電荷を蓄えやすくなることで、地震の原因となる場合があります。断層やプレート境界は絶縁体(誘電体)になっていると想像されます。

 また、絶縁体(誘電体)の中でも電子が移動する方式があります。これは静電気として大容量のマイナスの電荷を蓄えた微粒子が集団で移動することで行われます。大気中におけるマイナスの電荷の移動は、主にこの方式で行われています。(ちなみに、地上付近の雲は地面から湧き出したマイナスの電荷の流れによって生成されるため、常にマイナス側に帯電しています。雲は、地殻との間に働く電気的な斥力によっても浮力を得ています。実際、雲の底面は、まるで見えない境界面があるかのように平らになることが多くあります。)
 なお、太陽風によってプラスの電荷が地球に過剰供給された場合も、この方式でプラスの電荷が電離層下部において拡散していきます。

 絶縁体(誘電体)においては、雷や地震といった、大電圧による絶縁破壊によって電子が移動する場合もあります。この場合、蓄えられた電荷のエネルギーが劇的に解放されることで大音響や強い振動も伴います。

 ・・・実は、もう一つだけ、絶縁体(誘電体)においては、電子の移動手段がありそうです。
つづく

 澤田正典 拝






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