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[2978]私たちは、日本の思想(史)の研究も続けます。もっと大きな、大きな構図で見なければいけない。
投稿者:副島隆彦
投稿日:2021-02-15 12:13:00

副島隆彦です。今日は、2021年2月15日(月)です。

 私は、トランプ革命 の 今後の進展を横目で睨みながら、自分のトランプ革命の、勃発(トランプ政権転覆クーデター、昨11月4日)からの3カ月間 の ことを、出来れば、編年体(へんねんたい。クロノロジー)で書いてゆくことで、苦心していて、なかなか上手く行かないで、苦しんでいる。
 
 私、副島隆彦が、アメリカ帝国の動乱の歴史的始まりである、トランプ革命を、描いて、のちのちの歴史資料として残るように、一冊の本に書かなければ、他に、誰が、この重大問題を書いて残すだろうか。と、自分で勝手に気負って、それで、大変、精神的にキツい。
それなのに、粗製濫造の、緊急出版の本のようにして出さないと済まない。困った。それが、時代の要請だからだ。

 ユーチューブとSNS で、激しく、華々しく、トランプ革命を、日本国内に、情報、知識として、導入して、私たち日本人に伝えてくれる、勇敢で、気骨のある、言論戦闘集団のユーチューバーたち(中心は、大紀元、エポックタイムズと、果敢なネット若者たち)の努力を、私が、なんとか、後方(こうほう)から支援して、出版物の形で、はっきりと書いて残さないわけには行かない。

そして、日本で500万人の、SNSで、エンターテインメント系の、実生活重視の人たちが、
アメリカの ディープ・ステイト(裏に隠れた政府)の、支配者たちが、やっている、凶悪犯罪である、ペドフィリア(幼児性愛犯罪)と 大量の幼児殺害(インファンティサイド infanticide )と生贄の儀式の ことを、書いて、騒いでいる。この人たちは激しく怒っている。このことのスゴさを、私たちの大後方(だいこうほう)の支援勢力、「人民の海」として、私たちは、もっともっと前に進む。

 私たち日本国民の中の、生来、感覚が鋭くて、頭のいい、覚醒(かくせい。アウェイクニング awakening )して、立派である50万人の、アメリカのトランプ勢力1億人への、え熱狂的日本人を、私が、代表して歴史資料となるべく、書いている。画像(写真)も、ふんだんに入れます。
    
 私、副島隆彦にとっては、カール・マルクスが、ロンドンから、1871年の、パリで起きた、労働者階級の反乱で、たった4カ月で鎮圧された(6百人の指導者たちは銃殺刑 )形だけは、史上初の労働者政府を作った、「パリ・コミューン」を描いた、「フランスの内乱」(第1インターナショナル=国際労働者協会=への報告書だった)を書く、ぐらいの気負いがある。

 フランス軍がプロイセン軍に壊滅させられていたので、パリ市内で、労働者たちが一斉蜂起して、一瞬の政治権力を握った。 この時、普仏戦争(プロシア・フランス戦争)の勝者である、プロイセン軍(ドイツ帝国軍)が、パリの周囲に築かれていたバリケードを破壊、突入し、進撃して、パリ・コミューンの反乱者たちを殺戮した。

 このあと、ウイルヘルム1世と、ビスマルクは、パリの郊外のベルサイユ宮殿に行って、何と、そこで、第2ドイツ帝国の戴冠式(たいかんしき)を行った。ドイツが、ヨーロッパ帝国になった、と世界に示したかったのだ。

 ここに、日本から、伊藤博文を殺す前の、山縣有朋(やまがたありとも)が、日本からの属国首領として、急いで呼ばれて来た(1871年)。まだ西郷隆盛も死んでいない。・・・・こういうことを書いていると、却(かえ)ってきつい。もうどうにもならないぐらいキツいです。

 あるいは。ヨーロッパで1436年からの「ルネサンス」の巨大な火柱を挙げた、大都市フィレンツエの共和政(リパブリーク republic レスプブリカ。res publica 。王様と貴族がいない政治体制)が、一度、壊された(1512年)とき、マキアベッリは、失職して、そのあとの政府から貰った仕事をして、「フィレンツエ史」(何が起きていたかを、記憶を頼りに、ずば抜けた頭脳が書いて後世に残す)を書いた。このときのマキアベッリのような気持ちになっている。私は、こういう大きな想念、妄想 を起こす人間だ。

 それでも、今、弟子たちの中の、頭のいい者たち(もの書き、言論人になれる資質のある者たち)に、向かって、これだけは書いておかねば、と言うことがある。それを書きます。

 それは、下 ↓ の 「2974番」で、田中進二郎君が、自分の続編の本のための、草稿(マニュスクリプト)でもあるのだろうが、中国からの、明帝国の官僚文人で遺臣で、1659年に、日本への亡命を決心して、その6年後の1665年には、水戸に、水戸光圀(みとみつくに、黄門様 )に招かれて、やってきた、朱舜水(しゅしゅんすい)のことを、唐突に載せたからです。

 水戸学(みとがく)の、「大日本史」編纂の240年の事業が始まった。水戸学は、山崎闇斎(やまざきあんさい)「崎門の学」の創始者、の亜流のような学問だが、この水戸学が、幕末に、大変な、苦しみを、水戸藩に与えた。 

 水戸の苦しみ(武士階級の女、子供まで、惨殺、6千人)のことを、今の日本で、書いて復活させること出来る人は、田中進二郎しかいない。会津戦争で、凄惨な死に方をした会津藩士たち(白虎隊を含む)は、2400人ぐらいだ。

 私は、田中君と、それから、あとに載せる 杉山雅一(すぎやままさかず)君、それから、この学問道場に集まっている、壮年の、真に頭のいい人たち(世界と日本の歴史を自分の頭で考えられる人たち数百人います。私、副島隆彦本の読み手でもある)向けに、どうしてても、書いておかなければいけないことがあります。

 それは、小室直樹先生の、学問研究の同志で盟友だった、山本七平(やまもとしちへい)氏が書いた、大著『現人神(あらひとがみ)の創作者たち』(1983年刊、文藝春秋 )という本の重要性についてです。

(ここに、この本の表紙をあとで、貼る)


 小室直樹と山本七平は、『日本教の社会学』という対談本がある。これが、上記の本を論じている。 私、副島隆彦が、大きく、大きく、一番大きく、ここで教えておきます。この方向への、大きな世界思想への日本からの橋渡しを忘れないでください、ということです。

 まず、第一点。林羅山(はやしらざん。徳川家の思想顧問として京都から招かれた。昌平坂学問上の創始者。徳川幕府体制の理論の中心)が、熊沢蕃山(くまざわばんざん)の、「水土(すいど)論」を、耶蘇(やそ)=ヨーロッパのキリスト教だ、と、見抜いて、激しく論難、糾弾 したこと。 

 徳川幕府は、耶蘇(ヤソ)教、イエズス会、 (キリスト教は、正しくは、天主教と言う)が、死ぬほど怖かったのだ。日本にとっての、最大の敵は、西洋のキリスト教だった。中国に対しては、大きな劣等感を持って、日本は、中国文明の一部として、中国文化圏(中国の華夷=かい=秩序)に入っていた。誰も、この大(だい)事実を否定できない。

私、副島隆彦は、グリグリと、今の、日本の反共右翼の人々を、柔らかくしかし、強烈に、説得している最中(さいちゅう)だ。私に、勝てる、と思う人は、誰でもいいから、出てきなさい。お相手します。

 羅山の林家(りんけ)は、儒学の中の正統とされる朱子学(しゅしがく)を、日本でも学問の中心とした。朱子学は、「易姓革命(えきせいかくめい)」と、「湯武放伐(とうぶほうばつ)」である。体制変革、政治動乱、王朝交替、政権交替、を認める立場である。

 日本の体制派の中心の思想は、中国が、東アジアの覇権国(はけんこく)である。日本は、それに、「外にバレないように、服属している」とするものである。それなりに正直である。中国の儒教思想の大きさに、当時の日本の知識階級は、全面敵に、どっぷりと浸かっていた。それ以外の思考は有り得なかった。

 ところが、弾圧して、禁圧して消滅したはずの、西洋のキリスト教が、じわり、じわりと、日本の民衆思想家(仕官したがらない浪人たち。大秀才たち)の中に、ずーっと深く、深―く入っていた。

 第2点。1687年、民衆の思想家の熊沢蕃山(くまざわばんざん)は、幕府の怒りを買って、古河(こが)に、幽閉、禁固になった。 蕃山は、上層のインテリ日本人と、大名たちからも、崇められ、尊敬された。裏に、“近江聖人”中江藤樹(なかえとうじゅ)(隠れキリシタン思想家。陽明学者)と伊藤仁斎、京都の古義堂 の学派 がいた。

第3点。 朱舜水が水戸に来た年の前年である、1665年に、山鹿素行(やまがそこう)は、播州(ばんしゅう)赤穂(あこう)に、幕府の命令で幽閉された。山鹿素行は、「中朝事実(ちゅうちょうじじつ)」を書いた。「中朝」とは、「日本こそが、世界の中心(センター)である」、「中国よりも、日本が、中国(世界のセンター)である」 、「日本が世界の中心である中国(ちゅうごく)だ論」を書いた。

 この山鹿素行の「中朝事実」、「日本が世界の中心である。中国ではない」は、日本人の、中国人への劣等感の裏返しである。 この「日本が中国だ」論 の、スゴさと、腹を抱えて笑い転げ回りたくなるぐらいの、おかしさを、今の日本人である、私たちは、今の自分たちのこととして、本気で噛みしめないといけない。 

 日本は、中国の大きさを無視しては生きてゆけない。中国人は、自分たちが、常に世界の中心(センター)だと、ずっと信じ続けて生きてきた。中国が、列強(れっきょう。ヨーロピアン・パウアズ
European powers ) の 攻撃で、ボロボロに割譲(ケーキの切り分けのように)され収奪された時も、毛沢東時代に、1億人が餓死して、全国民が飢餓線上をさ迷ったときにも。それでも「中国が世界の中心国(チユンクオ)」だ、と中国人は信じ続けた。ただし、自分たちのあまりもの貧困、貧乏を覚醒した。

 私、副島隆彦は、自分の「歴史に学ぶ知恵」(2009年刊。改題して、「日本の歴史を貫く柱」(PHP文庫、2014年)で、江戸時代の民衆の思想家たちのことを書いた。

 山鹿素行も熱烈に、圧倒的に、当時の知識人階級に支持された。そして、その39年後に、赤穂浪士事件「忠臣蔵」の大事件が起きた。山鹿流(やまがりゅう)の陣太鼓を、大内良雄内蔵之助(おおうち・よしお・くらのすけ)は打ち鳴らしたという。本所松坂(今の墨田区)の吉良義央(きらよしなか)の屋敷を、真っ暗闇の、真夜中に襲撃したときに、その太鼓の音が、ずっと小さく、47士には聞こえたはずだ。

 この山鹿流の軍学は、幕末に、長州の、吉田松陰(よしだしょういん)も、吉田家の伝来の家学(かがく)として承継した。日本国の危機を前に、ヒステリックになった人々が、上層の町人たちまで巻き込んで、軍学(ぐんがく)と激剣(げきけん。真剣での剣道)が復活していた。
 三多摩壮士、本当は、惣村の惣士(そうし)という、百姓の出である新撰組たちが、武士になりたくて、剣での殺し合いを覚悟する、反革命突撃隊になった。日本の尊王攘夷と、四民平等の思想は、ずっと、長く、深ーく、民衆の中に培われた。

 尊王攘夷(そんのうじょうい)とは、毛唐(けとう)=白人を見たら、その場でただちに斬り殺せ。神州不滅の日本国の土を、あいつらに踏ませるな、という思想だ。ただし、これを実際に実行した者たちは、必ず捕まって死刑にされた。

✕「尊皇」という字はない。無いものは無い。無いのを作ったのが、バカ右翼たちだ。「尊王」が正しい。日本の天皇(てんこう。天の皇=かがや=き。北極星の意味)は、今も、昔もずっと王だ。ただの普通の 王様、国王(キング。モナーク monarch )だ。何か、文句が有るか。

 第4点。山鹿素行の幽閉と同年、1665年に、保科正之(ほしなまさゆき。本当は、第3代徳川将軍になるべきだった人。”叔父”の家光ではなく。笑い。家光は、天海僧正とお福=春日局の子だ)が、自分の所領の会津に、思想家の山崎闇斎(やまざき あんさい)を招聘(しょうへい)、招いている。 

 山崎闇斎の「崎門(きもん)の学」については、もう書かない。浅見絅斎(あさみけいさい)の「靖献遺言(せいけんいげん)」と、栗山潜峰(くりやませんぽう)の「保建大記(ほけんたいき)」 のことも。
これらを、山本七平が、『現人神・・・』で、詳しく論じている。小室直樹先生も、それに触発されて、『天皇の原理』や『天皇畏(おそ)るべし』を書いた。

 ・・・・ああ、もう、書きだしたら切りがない。副島隆彦は、弟子たちに、大きな一点を、投げかけます。 冒頭に書いたとおり、林羅山(徳川氏の学問代表) は、耶蘇(ヤソ)を、死ぬほど恐れた。西洋のキリスト教を、最大の敵とした。これが、おそらく日本国の、今も最大の課題だ。

 そして、林羅山は、中国の支配体制である、朱子学を正統、正当 (レジティマシー、 legitimacy )として、幕府(徳川氏の体制)も、それに従う、とした。 京都の御門(ミカド)の思想である、万世一系の 日嗣(ひつぎ)の思想を排除した。

 「日嗣(ひつぎ、にっし)」とは、日本の天皇=天子は、太陽(ザ・サン the Sun  )の直接の子供である。天皇は、太陽(お日様)の、嗣子(しし)、嫡男(ちゃくなん)、長男坊だ。そして、それが代々続いている、という思想である。 これが、天皇思想だ。 だから、日本には、政治体制の変更、変革はない。政権交替もない。自民党一党独裁政治が壊れることなく、ずっと続く、という思想である。

 それに対して、徳川氏が肯定して抱え込んだ、林羅山の中国・朱子学は、体制変動、支配者の交替を認める。鮮卑(せんぴ)族の遊牧民=北魏、隋、唐、そしてモンゴル(大元国)、清朝=大清帝国=満州族 の王朝の支配も認める、という思想だ。本当に漢民族(Han race ハン・レイス)の王朝なのは、漢と、宋、と 明 の王朝(帝国)だけだ。

 そして、副島隆彦が、1997年に、「属国 日本論」(決定版は、2019年、PHP研究所刊)を出した時に、「日本はアメリカの属国である」を打ち出して、日本国の、新しい真実の国体(こくたい)を、表に出した。

 私の属国日本論が、この国の最新で、唯一の国体(こくたい)論なのだ。これ以外には、無い。
その前には、日本共産党系の、東大の政治学者と法学者たちが、打ち立てた、「あれ。日本国憲法が、日本国の最高法規だ、と言うけれど。この日本国憲法の上、に、日米安保条約が有るじゃなか」「すなわち、安保条約が憲法よりも上に有る。日本はそういう国家だ」という、日本国の国体(国家体制)論を出していた。 

 それに対して、日本の、体制派、保守派の一番、上の連中は、全く、対応出来ていなかった。
日本の国家体制について、曖昧(あいまい)に、誤魔化すしかなかった。日本は、「民主政(デモクラシー)国家で、自由主義の国で、欧米・西側諸国(ザ・ウエスト)の同盟国です」と言うだけだった。 
 そして、日本は、デモクラシーの国だ、と言いながら、天皇という国王を持つ、王国(キングダム)だ、という、奇妙な、2重構造の国なのだ、という、大きな問題を、絶対に、表明に出さなかった。 

 日本は、「外側は、天皇という国王を戴く、君主制国家(モナーキイ)だ。すなわち、立憲君主政国家(りっけん・くんしゅせい・こっか。コンスティチューショナル・モナーキイ)なのだが、内側が、民主政国家(デモクラシー)になっている」という、入れ子構造の、二重構造になっているのだ、という、正直な理論を提出した、学者は、日本には、ひとりもいない。私、副島隆彦だけだ。

 私たちの日本国は、外側、すなわち世界、諸外国から見たら、どうしても王国(キングダム、モナーキイ)に見える。タイ国や、サウジアラビア国と同じだ。この、あからさまな真実を、日本人は、全員で、惚(とぼ)けて、知らん顔をして生きて来た。

 それは、今の日本の体制保守の頂点の者たち(すなわち、現在の林羅山=はやしらざん=)が、頭が悪いので、正直にきちんと考える能力が無いのだ。アメリカの支配を受けているので、知能が低下した。日本は、世界基準でものごとを考えることの出来る、本物の知識人がいない国だ。

 反共右翼たちに至っては、ただ、とにかく、「反(はん)共産主義の日本(アメリカよ、助けてくれ)論 」「日本は反共(はんきょう)国家だ」しか、提出しなかった。頭が元々、悪い人たちだから、これしか言えないし、考える知能がなかった。その代表が、まさしく、生まれながらに、学力が無かった安倍晋三だ。

 そして、今、世界覇権国(ヘジェモニック・ステイト the hegemonic state)であるアメリカ帝国に 動乱が起った。それに連れて、中国への世界覇権の移動が起きつつあることが、どんな日本人にとっても、頭をかすめる時代に突入した。中国が、私たちの目の前で、今も、どんどん大きくなっている。さあ、反共右翼の皆さん、どうしますか。

 草莽崛起(そうもうくっき)というコトバは、今の中国人たちが、平気でさらさらと書ける。
生きている中国語なのだ。日本のバカ右翼たちの専売特許ではない。何でもかんでも、古いコトバは、中国語なんだよ。君たち、いい加減、中国をバカにして腐(くさ)すは、やめなさいね。

私たち、学問道場に集まる、民間の知識人有志は、まさしく、草莽(そうもう)だ。雑民だ。
それでいい。私たち、民間の有志たちが、いつも世の中を変えてきた。

 私、副島隆彦にとっては、今日の最重要の課題は、「林羅山(道春、どうしゅん)は、耶蘇(やそ)=キリスト教を、何よりも一番に、恐れた」である。そして、その次に、「中国を覇権国(はけんこく)として認めて、日本はその歴代中華帝国の支配に、直接の服属はしないが、その周辺に存在する、と認めた」ことである。

 日本の体制派の学者の頂点であった 林羅山は、不干齊ハビアンという、重要な、しかし、今も詳細が分らない、日本人の耶蘇(ヤソ)教徒と、論争している。 
 
 不干齊(ふかんさい)ハビアン(1580-1640 ぐらいか?)は、日本耶蘇会の修道士(イルマン)である。日本人イルマンは、宣教師(バテレン)の横にいて、通訳のような仕事もした、頭のいい者たちで、バテレンたちが頼りにした日本人だ。林羅山は、不干齊ハビアンと、1606(慶長10)年に、地球説について、論争した。

 地球説とは、読んで字のごとく、この地球、当時は、大地、地上 は、球体であるか、の巡る議論である。日本の最高の学者を自認した、林羅山は、大地が球体(the globe グロウブ )である、という事実を、おそらく理解できなかったと思う。それでも、西洋の文献は、たくさん入っていたし、日本の国家スパイ(インテリ情報部員)たちからも、いろいろと教えられていただろう。

 林羅山は、日本の体制思想を、必死で防衛しただろう。だが論争に勝利したはずはない。 今、「地球」と書けば、「地は球だ」で、どんなバカでも、分る。しかし、ここで、分かる、とは、一体、どういうことなのか。の問題が起きる。

 私たちが、当たり前の事実(ファクト)だと、信じ込んでいることを、改めて、「ちょっと、待てよ」と、考え直すと、大変な疑いが、どんどん起きてくる。「そんなの、当たり前じゃん」は、あまり頭のよくない、知恵の足りない人間たちがやることだ。「そんなの常識よ」は、簡単には言えない。このことを、私たちは、近年、イヤと言うほど、知っている。

 不干齊ハビアンは、宗教思想研究の山折哲雄(やまおりてつお)氏が、よく調べて書いている。不干齊ハビアンは、若い頃は、その優れた頭脳で、西洋学問を知って、「妙貞(みょうてい)問答」(1605年刊)で、キリスト教というよりも、西洋の近代思想を使って、日本の、神、仏、儒(神道、仏教、儒教)の3つともを木っ端微塵に批判した。

 しかし、それから、15年後の、1620年に、「破提宇子(は、デウス)」という本を書いた。この破(は)は、「破る」で、デウス(提宇子)は、キリスト教の、大神(たいしん)で、天(てん)のことだ。 「神(ゴッド、デユー)は、3つが合わさって1つとする」すなわち「三位一体(トリニティ)の、「父(天)と、子(イエス)と、精霊(せいれい)」の 、1番目の「父、天、パッパ」のことだ。

 16世紀(1500年代)に、日本に来た、バテレン(宣教師)たちは、「天にまします、我らがデウスさま、デウスさま」と、このデウスを耶蘇(ヤソ)教の神として、日本人に教えた。最大時には、200万人の信者がいたようだ。

 だから、不干齊ハビアンは、正直で衝撃的な、その著書「破・提宇子(デウス)」で、「自分は、もうイエズス会のキリスト教を信じない」と、棄教(ききょう)して、信仰を捨てた、と書いた。なぜなら、ハビアンは、イエズス会の悪辣で残酷な、日本支配計画、そして、ヴァチカンによる日本の完全な占領、日本人洗脳の企(たくら)みを、知った。 それで、のちに思想転向した。耶蘇教を捨てた。

 若い人たちや、文科系でも他の分野のインテチたちは、不干齊ハビアンを知らない。
私、副島隆彦が、今では、日本の思想研究の、大(だい)先生であるから、エッヘン。こういうことを、みんなに、分かり易く、教える。 学問道場には、知ったかぶりは無しだ。どんな人も、ある知識を始めて知ったときは、赤ちゃんだ。「へー、知らなかった。勉強になるー」の、初めの驚きこそは、人間の成長にとって、大切だ。 そのために、私たちの学問道場が有るのである。 

 不干齊ハビアンは、このあと、転び(棄教)バテレンの、フェレイラたちと同じように、
幕府のキリシタン弾圧の側に回って、目明かし(幕府の最下級の情報部員、今の公安警察官)となって、働いたはずである。
 ”目明かしフェレイラ(日本名。沢野忠庵、さわのちゅうあん)”のことは、六城君の、本「江戸の数学者たち 」に詳しく書いている。 目明かしというのは、岡っ引きで、銭形平次のような、非人(ひにん)階級 (非人が、穢多=えた=と、どのように違うかは、私の別の歴史の本で、書いた)の、江戸、大坂でのキリシタン狩り、と取り締まりの探査、偵察をする尖兵のことだ。

 旧、穢多=えた= 部落民の地域 の高卒の者たちを、今も、国税庁は、たくさん雇ってる。そして、資産家や、経営者たちの家まで行って、税務調査で、襲いかかって、脅して痛めつける。私、副島隆彦は、自分で、苛烈な国税裁判を闘ったから、自分の体で、このことを知った。証拠付きだ。
 国税庁! お前たちとの、闘いを、私、副島隆彦がやめた、と思うな。きたならしい、おカネを巡る闘いこそは、人間が、血みどろでやるべき、真の闘いだ。

 目明かし、とは、「無理やりでも、お前の、その耶蘇教で、曇って、濁って、ゆがんだ、狂った宗教の、目を、明かしてやる」という、拷問(トーチャー)を含む、恐ろしい脅しのコトバだ。
こういう日本史の真実を、私たちは、今から、たくさん知らなければいけない。そのために副島隆彦が、これまでに、200冊の本を書いてきた。

 江戸時代の、民間の名高い思想家たちは、密かに、当時の世界思想である、耶蘇(ヤソ)=イエズス会の キスト教を、漠然と受け入れて、鮮烈な議論を、国内に巻き起こし、大名たちにまで、感激された。「にっくき、徳川氏めー」、「毎年、江戸城で、私たち大(だい)大名までも、大広間に、ぎっしり並べて、畳に頭を擦り付けさせ、土下座をさせやがって」と。 いつか必ず、徳川氏を打倒する、と息巻く思想が、幕末に繋がっていった。そして、大名たちの多くは、ずっと、隠れキリシタンの、キリシタン大名だった。

 そこに、民間の浪人思想家たちの、山崎闇斎、山鹿素行、熊沢蕃山、平田篤胤(ひらたあつたね)らは、「中国、そして天皇 中心政治、反(はん)徳川」を深く培った。

 幕末、明治の偉人、西郷隆盛は、陽明学(ようめいがく。民衆救済の思想)を、水戸にまで行って学んだ。 西郷の書いた扁額(へんがく)の「敬天愛人(けいてんあいじん)」は、「天(てん、デウス)を敬い、人を愛せよ」は、明らかにキリスト教である。

 それを、何と、昌平坂の学問所(昌平黌=しょうへいこう=、今のお茶の水の医科歯科大学。その隣地が、孔子廟 聖橋の、聖人とは嚆矢のこと)の、教授たちが、昼間は、「徳川家のご恩顧で、泰平の、太平の世が続き、結構なことで御座る」と講義していたのに、夜になると、日本橋の私塾で、顔つきが変って、眉を吊り上げて、「打倒、徳川氏」、「回天(かいてん)=体制変更」の、討幕の思想を講義した。

 これを、「日朱、夜王(にっしゅ、やおう)」(昼間は、朱子学を教え、夜になると、人が変ったようになって、王陽明の、王学=陽明学 を教えた)あるいは、陰陽(イン、ヤン)を使って、「陽朱、陰王(ようしゅ、いんおう)」という。 この講義、を優秀な、各藩から集まった、優秀な藩士や、壮士たちが、ぎっしり集まって熱心に聴いた。目を爛々と輝かして聴いた。これを思想闘争という。どんな時代にも、これがある。

 林羅山のとって、死ぬほど怖くて、憎むべき大敵である、耶蘇(ヤソ)は、今の、反共右翼たちにとっての、「アカ」(赤。reds レッズ。共産主義者 )のようなものだ。

 私たちの学問道場が、「陽明学は、キリスト教である」「中国で儒教の一種に、改変、偽装された、キリスト教である」を、大発見して、公然と暴き立てて、日本の思想研究に、大きな血路を切り開いた。
 
 私たちは、今や、山本七平と小室直樹先生を、超えつつある。このことを、皆に、分って貰って、そして、もっと前に進みましょう。そのときは、大きな、大きな、構図を持たなければいけない。 これまでの、資本思想史の研究 のすべてを、大きく作り直す覚悟で、私たちは、研鑽(けんさん)を積まなければいけない。

 私、副島隆彦の最新の研究成果は、「日本の明治体制で、天皇を 現人神(あらひとがみ。生き神さま)にしたのは、悪賢い、イギリス帝国である。イギリス国王と、同じように、

 日本の国王である(皇帝、ファンデイエ。エンペラーではない)天皇に、「神格(しんかく。ペルソナ persona )」を与えて、生き神様に作ったのは、イギリスだ。そして、それを国家神道と呼んだ。 日本の古来の神道の伝統の復活などではない、のである。これじゃ、一神教じゃなか。このことを、皆さんも、よーく考えてください。

 キリスト教の、正統派、体制派は三位一体(トリニティ)を、「天(父)と、子(イエス)と、精霊(ホウリースピリット)」とする。

 だが、これを、ヘンリー8世の創立(1553年?)の時から、イギリス国教会(アングリカン・チャーチ。聖公会)は、今の今でも、「父(デウス)と、子(イエス)と、イギリス国王」とするのだ。 だから、今のエリザベス2世女王は、神(の一部)なのだ。イギリス国王は、今も現人神(あらひとがみ)で生き神さま、なのだ。

 この一点の重要性を、私たち日本人は、今こそ、知らなければいけない。
 そして、彼らヨーロッパの国王たちは、裏側で、世界の支配者としての、悪魔の儀式をする。
この世界は、元々、悪魔が支配している、という思想で、ヨーロッパの王族と、大貴族たちは、今も裏側で、信じている。だから悪魔崇拝の儀式をする。 

 これに対して、今、イギリスを含めて、ヨーロッパ全土で、「もう王制、国王 は要らない。廃止せよ」の、激しい民衆運動が湧き起こっている。

 このことは、なかなか報道されない。現在の世界で、一番重要な 報道禁圧の事項だからだ。だから、それを目眩(めくら)ましするために、コロナ、コロナと、コロナ疫病の恐怖を煽る、コロナ洗脳を、ディープ・ステイトどもは、狂ったように世界中で実行している。

 そうやって、世界民衆をイジメないと気が済まなくなっている。どうも、ディープ・ステイト側の方が、余裕がなくなったようで、あいつらが、狂っているのだ。

 なぜなら、ローマ・カトリック教会(ヴァチカン)と、ヨーロッパの見苦しい、各王家(王室)どもが、まさしく、ディープ・ステイト the Deep State の総本山だ。このことが、アメリカの民衆革命(第2次独立戦争)を率いる、トランプの戦いが起きて、大きくバレてしまった。これは、もの凄いことなのだ。

 だから、副島隆彦が、「今、現に、私たちの目の前で、ヨーロッパ近代500年が、逆回転(カウンター・レーヴォルト)を始めた」と、書いているのだ。今のところは、碩学(せきがく)である私しか、このことの重大性は、日本人は、分っていない。だが、どんどん、このことに気づく、知識人たちが増えてくる。

 イギリス国王は、神なのだ。と同じことを、日本に対して、イギリス(当時は、大英帝国)が、明治体制の初めに、仕掛けた。だから、「父と、子と、天皇陛下」にしたのだ。だから、万世一系(これもウソだ。血統は、途中でブチブチと切れている)の ウソ八百は、まさしく、一神教(いっしんきょう。モノ・シーイズム mono-the-ism )でしょう。多神教(たしんきょう。poly-the-ismu ポリ・シー・イズム)ではない。

 多神教、というのは、ギリシアの、「オリュンポスの12神」のギリシアの神々のことを言う。
日本という東アジアの 土人の国の、八百万(やおろず)の神々 のような、土人の呪術(アニミズム、自然崇拝。宗教=レリジョン=以前 だ)のことを言うのではない。八百万も神さまがいて、どうするんだ。 バカども。
 私、副島隆彦が、土人の国、日本と書くと、ムッと顔を歪(ゆが)ませて、以後、私に、近寄らなくなる者たちがいる。

だが、この者たちでも、やがて、素直になって、私のもとに再び、集まってくる。私は、このことをよく分っている。 ギリシアの、「オリュンポスの12神」の方が、ユダヤ教や、キリスト教や、イスラム教よりは、ずっと格式が高くて、人類史上、最高の宗教なのだ。他の世界宗教(5つ)よりも、ずっと質が上なのだ。ニーチェがこのことを力説した。

 このように私が書くと、この「決めつけ」に、強く反発する者たちがいる。それは、自分が、これまでの人生で、数十年掛けて信じ込んできた、あるいは、勝手に自分で作った信念(宗教を含む)を、貶(けな)され、蹴り倒され、泥を塗られた、と感じるからだ。だが、私、副島隆彦のこの書き方よりも、優秀で強力な世界思想の理解は有り得ない。それでも、ゴモゴモと、何か言いたいだろうが、私に向かって、面と向かってケンカを売れるほどの人間は、この国にはいない。どんな知識人どもでもだ。ただし、これはこの日本という、土人の国の中における、判定です。

 皆、大きく、大きく、世界を分りなさい。ヨーロッパ知識人たちは、このように考えている。このオリュンポスの12神の、最高神の、大神が、Zeus ゼウス だ。みんな、名前ぐらいは知っているでしょう。

 この大神、ゼウスが、天(ヘヴン)で、天帝(てんてい)である。このことも、分かるだろう。 ところが、だ。この「ゼ」ウス と、 「デ」ウス Deus は、違う ! 同じだけど、ちがう。は?

 Zeus ゼウス と、 デウス Deus (耶蘇教、キリスト教は、こっち) は、違う。このことの重大性に、気づいているのは、日本では、私、副島隆彦だけだろう。そんなことはない。という、クリスチャンとか、居ましたら、「異議あり」で、私に、メールをください。

 そう言えば、「ポリス」 polis 都市国家(この語は、英和辞典に載っていない)と、 police 「 ポリス」 は、違う。 後者の、police ポリス は、誰でも知っているとおり、警察官 のことだ。だが、polisと書くと、全く別ものだ。 この違いを、知っている、日本知識人も、今のところ、私だけだろう。

 田中美知太郎(たなかみちたろう。ギリシア語の、日本の大家だった学者)も、知らなかったのではないか。ギリシア語、ローマ語(=ラテン語)の権威だった、呉吾一(くれごいち)も、このことを、果たして、知っていただろうか。 

 最後に、載せるメールは、最近、私に連絡を取ってきた、20年前の、大学の教え子である杉山雅一(すぎやままさかず)君との、昨日の やり取りである。

 副島隆彦 記 

(転載貼り付け始め) 

2021年2月12日
杉山雅一くんへ
副島隆彦から
 
 さっき、私が、アマゾン を 見たら、私と佐藤優の対談本「ウイルスが変えた世界の構造 (日本語) 単行本 – 2020/12/19刊」 への、2月10日、だからつい昨日の、書評が載っていた。「創作研究会Amazon支部」 という人の文だ。

 それに以下のように書かれていた。この書評子は、相当な知性があると思われる。ところが、他のアマゾン書評文は、アニメ作品への 書評だ。まだ若い人なのだろう。

この文を、君も見つけて読んでください。 私が、君に、知らせたいのは、以下のような記述が有った。 この部分は、君が、大学の時、卒業論文で、私に提出した、大国隆正(おおくにたかまさ)がやったことなのではないか。 君の課題だ。

 私、副島隆彦は、この大國隆正が、最初の明治政府の 神祇官(しんじかん)、大神官 となり、この男に、裏からイギリスの指矩(さしがね)があって、天皇(まだこの呼称はない)、御門(みかど)、オホキミ(大君)スメラミコト を、現人神(あらひとがみ)にしただろう。

 私は、この男が、それまでの 尊王攘夷(こっちが、当時は、自然な民族主義だ。祖国防衛感情だ)をかなぐり捨てて、ヨーロッパ近代国家 の方に、天皇制度を、現人神(あらひとがみ)の国家神道に、作り替えていった。この者たちが、明治の太政官(だじょうかん)政府の中に、計画的に準備され、出現したのだ、考えます。

大國隆正は、君が書いていたが、御殿医だった、森鴎外の父親と同じ、石見(いわみ。今は島根県の西側)の出で、鴎外を、軍医総監(ぐんいそうかん)にまで引き立てたのも、この男だ、と。

 君の考えを聞きたい。今からでも、君はこの問題を追究するべきです。これは重要な問題だから、一冊の本になります。私が、推薦して出版社を紹介します。興味があるなら、論究してください。

(転載貼り付け始め)

創作研究会Amazon支部  ベスト1000レビュアー 5つ星のうち3.0 話半分で読む分には問題ない
2021年2月10日に日本でレビュー済み
佐藤優氏と副島隆彦氏(以下、敬称略)の対談本。
(略)
・・・・・副島「同じように、日本では天皇を神の格に当てはめた。この戦前の責任が物凄く大きい。このことをイギリスが計画的に押し付けたのです。これが国体思想だ。現人神の思想だ。」(187-188頁)

→ 副島の主張には根拠がなく、また、日本の国体を定めた文部省発行の冊子『国体の本義』(1937年)を読めば、日本の天皇の神格が英国王(王権神授説)のそれとは別物とされているのは明らかである。

『国体の本義』には、こうある。
〈かくて天皇は、皇祖皇宗の御心のまにまに我が国を統治し給ふ現御神(あきつみかみ)であらせられる。この現御神(明神)或は現人神と申し奉るのは、所謂絶対神とか、全知全能の神とかいふが如き意味の神とは異なり、皇祖皇宗がその神裔であらせられる天皇に現れまし、天皇は皇祖皇宗と御一体であらせられ、永久に臣民・国土の生成発展の本源にましまし、限りなく尊く畏き御方であることを示すのである。〉


 副島隆彦が、2月14日に、加筆する。 上記の ↑ 「国体の本義(こくたいのほんぎ)」は、昭和の戦争に突入してゆく時期(1937年、昭和12年)に文部省が出した安易な文書だ。とんでもない、軽薄な内容の、学問水準の低い政府の広報パンフレットだ。思想の高みは全くない。
 国民に刻苦勉励せよの、二宮金次郎(にのみやきんじろう)を、復古賞賛する程度の質の悪さだ。

 上記の「国体の本義」は、よく読めば、まさしく、ヨーロッパの王権神授説そのものだ。何が、「日本の天皇は、それとは別物であることは、明らかだ」だ。
 
 どの右翼学者が書いたか分らない。八紘一宇(はっこういちう)、五族協和(ごぞくきょうわ)、大東亜共栄圏の、田中智学=たなかちがく=や大川周明=おおかわしゅうめい=ではないだろう。  
 
 佐藤優は、愚かにも、この「国体の本義」を、日本の国家体制論、国体論、として称揚している。他の今の、日本の反共右翼たちと同じレベルだ。
小室直樹先生は、この「国体の本義」を、大著『天皇の原理』で、こっぴどく叩いた。
 浅見絅斎(あさみけいさい)の「靖献遺言」や、栗山潜鋒(くりやませんぽう)の「保建大記(けんたいき)」でこそ、日本の国体が、真剣に論じられているのだ、と知らないのだ。

副島隆彦の加筆終わり。


From: M Sent: Saturday, February 13, 2021 11:42 AM
To: 副島隆彦
Subject: Re: 先日の講演会、ありがとうございました。杉山から

副島先生  メールありがとうございます。 
先日の定例会、(コロナが怖くて…と言うと怒られそうですが)東京に伺えなかったため、
オンラインで何度も拝聴いたしました。もう最高でした。
まさに副島節の真骨頂。日本に50万人いるトランプ支持者たち全員に聞いてほしい内容でした。

ご指摘のAmazonのレビューも拝見いたしました。
『ウイルスが変えた世界の構造』も発売と同時に購入させていただいたのですが、今、副島先生の著書を次々に読んでいる途中なので、まだ到達できていませんでした。
(今、『仕組まれた昭和史―日中・太平洋戦争の真実 思想劇画』を読んでいます)

大国隆正の師である平田篤胤は、いわゆるカルト主義者のようです。
キリスト教の影響を受けているとWikipediaにすら明確に書かれています。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E7%94%B0%E7%AF%A4%E8%83%A4

平田篤胤はキリスト教や仏教の思想に触れて、神道を宗教的なものにしたかったようです。神道はそもそも神話の羅列と、儀式しかなく、体系などなかったのですが、平田が、天御中主を創造主とする日本独自の宗教にしようとした形跡が見られます。
(もしかしたらここにも先輩方が指摘なさっているようなイエズス会の影響があるのかもしれません)

大国隆正はその平田から学び、さらに若い頃、蘭学も学んでいますから、キリスト教を元にして、国家神道をまとめあげようとしたことは間違いないでしょう。
副島先生が『日本人が知らない 真実の世界史』の中で指摘しているように、太陽神を中心としたアニミズムは世界各地に見られるものです。しかし、基本的にそれらは『信仰』であり、儀式と神話の羅列でしかありません。
絶対神を中心として体系化された『一神教』の方が異質なのです。

歴史的に見ると、それまで土着信仰で、各地で作法も伝承も全く異なっていた神道が急に体系化されたことの方が異質です。それがこの時期に急に、自然発生的に起こったと考えるのは不自然です。

 尊王攘夷派の国学者だった彼を、誰か(おそらく伊藤博文あたりか?)が引っ張り上げて、
イギリス国教会の仕組みを表層的に模して国家神道としてまとめ上げさせてのだと考えます。
この辺りはまだ私も深追いできていない部分も多いので、副島先生からいただいた課題として、引き続き調べていきたいと思います。

(転載貼り付け終わり)

副島隆彦 拝 






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